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レポート Archive

AAF学校第2期 Vol5「アートとブランド戦略ーアートから企業価値へのつながり」レポート

講師:望月裕(株式会社電通 ストラテジック・プランニング局)

他者からの支援において、自明なこととして少なからず見返りを要求されるものだとするなら、アートをマネジメントするにあたって、その‘アート’の効用・有用性を示すことはひとつの有効な方法論だろうと思います。
今回はアートを企業価値につなげていくため、昨今の企業側の戦略としての‘フレーム’、マーケティング・コミュニケーション、ブランド、エクスペリエンスの3つを柱にお話しいただきました。
アートを企業価値の上で翻訳するためヒントとなるさまざまな言葉が提出される中、各企業のメセナ活動や先々の日本の文化像について積極的な質問が飛び交いました。
また具体的な企業の事例をあげて、そのイメージ分析を紹介することで、企業といってもそのブランディングという視点からいっても多様なイメージの広がりがあるということを示していただいた上で、アート側から企業価値へのつながりについて、その戦略を積極的に考える場となりました。(text:新井宏輔)

AAF学校第2期 Vol4「何のためのアートプロジェクトか?原点をみつめてみよう」レポート

講師:加藤種男(アサヒビール芸術文化財団 事務局長/横浜市芸術文化振興財団 専務理事)

(ディスカッション形式/円陣に組んだ座席レイアウト)

前半は、歴史のじかん。加藤氏が想う明治維新〜高度成長期までに起ったで「文化破壊」について。西洋近代のブルジョワジー文化を受容したあたりから「上流」「高級」「禁欲的」な文化を(コミュニティーを無視して)導入してきた政権による事由を遡る。そもそもそれ以前の、コミュニティーや生活の中にあった豊かな文化、農民/町民文化はどうやって発展していったのか?コミュニティーを維持する為に“アート”があったのだという本質を解説。あれもこれも(ハイブリッド、チャンプルー)、自然との調和(そこにある環境や素材を活かす技術)、遊びから祭りまで(マージナルアート:限界芸術)かつての日本文化の多様性を再確認。そして、日本においてのアートの公共性について3つのポイントが並べられる。
・ アートの中身を決めるのは、アーティストではなく市民である
・ アートはヴィジョンを喚起する
・ 生活の質を高め、コミュニティーを再生するアート(の効果、作用)

後半は、現在未来のこと。軍港として栄えた舞鶴にある8棟の赤レンガ倉庫が今年6月近代産業遺産として重要文化財に指定され、うち3棟はギャラリースペース、カフェや煉瓦博物館としてリユースされている。残り5棟をどう活用したらいいか?という、目前の具体的なテーマで、受講生とのディスカッション。誰にきてほしいか、周辺の環境も併せた地域資源としての考え方、建物の高さを利用して“キリンを飼ったら”などとユニークなアイデアも。八戸の小さな科学館で水族館が流行っている例など施設管理の点においてホスピタリティーが素晴らしいといった視点も話題として挟まれる。—フランス ナント市のように“舞鶴はアートのまち”と位置づけ(軍港からアートのまちへ)その象徴としての煉瓦倉庫、地元の人も参加するアートコンプレックスとして…例えば一つの倉庫は演劇施設だったり、もう一つはレジデンス施設だったり…ここを拠点に、アートでまちをつくっていく。京都からのアクセスもいいので、ここを目的としてきてくれる場所に変えよう。–そんな構想を前に、受講生から次々アイデアが飛び出す活気あるディスカッションとなる。(text:竹澤ひさみ/写真:新井宏輔)

AAF学校第2期 Vol3「まちづくりにアートをいかす」レポート

「シビックプライド(都市に対する誇り、自負)」という言葉を軸に、アムステルダム、バルセロナなどヨーロッパの都市の事例と、お二人が実際に関わっておられる柏の葉のプロジェクトについてお話しいただきました。また、イギリスのアート戦略都市ニューカッスルゲーツヘッドに招聘され実施した、アートインスタレーション「ピクノポリス」については、招聘に至る経緯や町の人たちの印象など写真を見ながら解説していただき、「シビックプライド」を実現する上でのポイントに迫っていきました。

「まちづくりにアートをいかす」というタイトルでのご講演でしたが、「アート」という枠組みを超えたところにある大切なことや、コミュニケーションデザインの方法についても、深く考えさせられる時間になりました。

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11月28日に、お二人も関わられたシビックプライドについてまとめられた書籍が宣伝会議より発売となるそうですので、ぜひ手に取ってみてください。

「シビックプライドー都市のコミュニケーションをデザインする」
監修:伊東香織・紫牟田伸子
編:シビックプライド研究会
企画:読売広告社
出版社:宣伝会議

AAF学校第2期 Vol2「「誰に何を伝えるか?アートを伝えたい人は誰ですか」レポート

よのなかの関心ごとを広く/世代ごとに/志向ごとに/分析しながら、「アートを選ぶ人たちの意識」をどうとらえるかのスタディ。(スライドを使っての講義と受講者へのインタビュー形式、座席レイアウトはカフェスタイルで2〜3人/1テーブル)

広告や流通のマーケティング同様、アートマネジメントも時代や受け手を客観視しながら考えていくような資料や「なぜ?」への説明言語が多く提示され具体的な文化事業の実例なども。Web時代の消費者の情報リテラシーということに触れ、“Criti-sumer”“クラウドクリエーティブ”などの新しい言葉が登場。

アートとは何か?文化を消費することの意味。エンターテイメントやビジネス目的のみならず、アートが街に入ることによって動き出すなんらかの作用が「目的」や「手段」となるのではないか?などアートマネジメントの多角性を解く。(竹澤ひさみ)

AAF学校第2期 Vol1レポート

AAF学校第2期がいよいよはじまりました。

第2期のテーマは、「なぜ?に応える視点。なぜ?への応えをかたちにする」です。第1期のテーマ「アートプロデューサーの基本姿勢を学ぶ」から、もう一歩踏み込んで、AAF内でも度々議論される「説得力」の問題に焦点をあてます。
コーディネーターは、電通総研コミュニケーション・ラボの石綿祐子さんにお願いしました。アートマネジメントの枠を超えて、様々なシーンから説得のあり方を学んでいきたいと思います。

第1回は、1人3分の持ち時間を使って自己紹介を行いました。今興味を持っていることやバックグラウンドなど、1人1人の声に耳を傾けていると、はじめて会う人たちなのに共通の話題が出てくるから不思議です。
自己紹介終了後懇親会を行い、受講生同士が知り合うきっかけとなりました。(遠藤 綾)

AAF学校vol.8 「総括・ディスカッション」レポート

AAF学校の最終回「総括・ディスカッション」は、参加者のみなさんのディスカッションをメインに構成しましたが、講義の最初に、一貫した質問として講師のみなさまに投げかけている「アートプロデューサーに必要な5つの資質」について、第1期コーディネーターである芹沢高志よりお話し、その後、受講生のみなさんにAAF学校を通して、アートプロデューサーとして大切だと思われたことや、気がついたことなどを1人1人発表していただきました。

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アートプロデューサーに必要な5つの資質 については、

1)自分で考えられること
2)環境の声に耳を傾けられること
3)サイクロンの中心
4)生成感覚
5)多層的な思考

と、5つの項目をあげていただきました。  以下、講義で話されたことから簡単にまとめました。

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1)自分で考えられること
自分自身で考えているかということが大切。かといって、自分の考えを押しつけていけばいいということではない。

2)環境の声に耳を傾けられること
直接的には他者や社会のこと。アートプロデューサーという仕事をしているとアーティストという人と話していかなきゃならない。つまり、対話。誠実に耳を傾ける。でも自分が確立されていないと、相手の言うがままになってしまう。

3)サイクロンの中心
プロデュースの現場に入っていくと、状況が常に変化していく。そうしたなかで、それに振り回されると、何をやっているのかわからなくなってしまう。何をやろうとしているのかを、静かに考える。動かない中心をもっていないとだめ。

4)生成感覚
何をやりたいか、というのはもっていないといけないんだけど、ここまでやったらゴール、とあんまり杓子定規にしばりつけてしまうと身動きがとれなくなることがある。よくNPOはミッションが必要ということになります。それはもちろんすばらしいことなんだけど、ミッションだけにしばられていくと、判断しなきゃならないことが変わる現場において、適切な判断ができないことがある。いま、ここで何かをうみだしているんだ、という感覚を持ち続けることが大切。

5)多層的な思考
いつも頭の中で3つのレベル、層で考えていった方がいい。例えば、建築物を設計していくという段階で大きく3つのレベルがある。何をやりたい、という漠然としたものをまとめる次元ー基本構想。次に基本設計、こうしたいああしたいというのを建物に落とし込んでいく段階。そして3つめの段階が、実施設計。建物をつくっていく段階。  この3段階、 ビジョンと、 戦略ーストラテジー 戦術ータクティクス をもって物事を考えていくことが大切。

アーティストが売り込みにきて、どう対処したらいいのか、というのははじめにわからなかった。そのときに、その企画がアーティストにとって必然性があるか、考えた。なかったらあんまりやってもしょうがない。自分自身にとってP3にとって、必然性があるのか。やってみて面白いと思うか、やりがいがあるか。自分とアーティストの必然性だけではなくて、社会・時代にとっての必然性があるのかどうか。そこもチェックしないと、共感を得ていかないということがある。 それは、経験的にしかできないかもしれないけど、いまの社会のもっている問題点・可能性と照らし合わせて、意味を持っているのかをチェックしたほうがいいと思っている。私はそういうことを考えて、自分の仕事を決めるとき判断してきました。あれかこれか、じゃなくて多層的に考えてみることが必要なのではないかと思う。

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 この後、1時間程みなさんでディスカッションを行いました。  アートを信じる力、経験、経済とアート、安定感の提供、総合力、説得する言葉を持つことー  さまざまなキーワードが受講生1人1人のフィルターを通して次々と出てきました。その発表の中から、象徴的に感じられた意見を書き記し、AAF学校第1期のまとめとしたいと思います。

「もはやアートという言葉が消えている。講師の1人1人が話されたアートは、謂わば、art of livingー生きる態度。生きていく上での姿勢としてのアートだった。わたしはアートを信じていないし、アートがもたらした弊害のほうが大きいのではないかと思っている。ここ何年かでアートという言葉が消えつつある今、やっとアートが力を発揮していくのではないか。いまの世界をもっと見て、聞いて。そういう受動的な態度と創造する態度が同じ地平になっていく。そういうことを感じた。プロデュースという言葉さえ、もう必要ないのかもしれない。」

(遠藤 綾)

AAF学校vol.6+7 「文化施設の社会的意義と役割—まちに開かれた施設をめざして」レポート

ディスカッション風景第6回と第7回は、「文化施設の社会的意義と役割—まちに開かれた施設をめざして」と題し、アサヒビール芸術文化財団の加藤種男さん、企業メセナ協議会の荻原康子さんに、講義をお願いしました。前半は、加藤さんによるレクチャー。後半は、参加者と講師でディスカッションを行いました。荻原さんには、前後半の進行とコーディネートをお願いしました。

前半のレクチャーでは、まず「連歌」のような誰もが参加できる共同作業による作品制作を例に、AAFを紹介。その後、創造都市で注目を集める横浜市の文化施設群、滋賀県のびわこホールを事例として取り上げながら、これからの文化施設のあり方について、レクチャーをしていただきました。

連歌に代表される参加型の文化が、日本にはそもそも根付いていた。文化施設でも、従来の専門家が市民に教えるというモデルではなく、市民が積極的に文化施設の運営にも関わり、自分たちの文化をつくっていく、そのような参加型のモデルできないか。文化施設はセンターであり、人が集まり易いコミュニティセンターとしての機能も必要だ、との提案がありました。また、文化の創造の場として施設を考える視点も提案されました。保管・収集・陳列の機能に加え、オーケストラを初めとするアーティストを施設が雇用し、作品制作を行って行くことをスタンダードな考えにする必要がある。宝塚の育成と雇用のシステム、芝居小屋と小屋付きの劇団、といった例が出されました。

後半は、受講生それぞれが「自分の考える開かれた文化施設」を発表し、講師とディスカッションを行いました。留学先で体験したフランスの美術館、NYのセントラルパークでの無料コンサート、地域の美術館や公民館など、具体的な事例も多く提案されました。
「開かれている」とは何なのか、施設は開かれている必要があるのか、ないのか?「施設を開く」ということを、根本的なところから改めて考える講義となりました。

以下、加藤さんが講義で話されたことから、幾つか箇条書きでまとめました。

連歌では、最初の五七五を誰かが作ると、別の人が七七をつける。そして次の3人目が五七五をつける、というように複数の人間である一つの作品を作って行く。共同作業でものをつくっていくことが、ポピュラーな時代があり、江戸時代にはよく行われていた。字が読めれば、誰もが参加できた。松尾芭蕉は捌き手=コーディネーターとしても抜群の腕を持っていた。素人の集まりでも、捌き手の腕次第で出される句のレベルがグッと上がる。

AAFは全国展開している連歌のようなものだと思う。

連歌の文化は、明治までは生きていたはず。ただ現代は、人が出会っても、この種の共同してアーティスティックなことをする能力が失われている時代だ。文化施設のあり方を何とかすることで、こうした状況を変えられないか。

文化施設はある種のセンターだから、集まり易くなっていなければならない。

専門家が企画を全てつくって見せるのではない、もっとみんなが参加でき、企画をつくれるような施設や仕掛けができないか。

本来、文化施設はどうあるべきか。宝塚が本来の文化施設のあり方ではないか。宝塚のコンテンツについては人それぞれ好き嫌いがあるので議論しても仕方がないが、ものの作り方のシステムは、非常に良く出来ている。将来、宝塚の劇場で働く人たちを最初から養成している。卒業すれば、全員雇用する。アーティストを劇場に雇用出来るのは当たり前のことだけど、日本ではほとんどされていない。宝塚は、自分たちで育成して、さらに雇用してしまう。

日本文化の2大特色は、「みんなでつくって、みんなで楽しむ」。これだと思っている。

日本の文化施設は、ヨーロッパ型文化施設を目指したが、その専門性が中途半端に終っているという主張がある。ではいっそのこと市民が積極的に運営に関わることで、どこでもやられていない仕組みが作り出せないか。

既存の文化施設は、目標、目的を説明しない。いいものやっているから、見に来て当たり前。文化施設はそう思っているのではないだろうか。そして、一方、「文化は分からない」という思いが市民の側にある。「文化は分からない」そう思い込ませてきたことについて、既存の文化施設は考えないといけないのでは。

(坂田太郎)

AAF学校 vol.5「あらたなアートの場を開拓するー芸術家と子どもたちの取り組み」レポート

AAF学校5回目は、NPO法人芸術家と子どもたち の堤康彦さんにご登壇いただきました。
アーティストが公立小学校で授業をするという、新たなアートの場を開拓されている堤さんに、そうした活動の背景にあるものを中心にお話いただきました。

以下、講義された内容を簡単にまとめました。

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ー活動紹介ー

(a)    エイジアス(ASIAS=Artist’s Studio In A School)
・学校教育/授業⇒子どもたちの日常的な時間と場所
・公立学校⇒様々な家庭環境の子どもたち
美術館、劇場等のWS、あるいは公募によるWSとの違い
・ワークショップ型授業/ライブ感
・アーティストと担当教員との共同による授業づくり

エイジアス(ASIAS=Artist’s Studio In A School)では、アーティストと学校の先生をつなぎコーディネートします。ワークショップ型の授業を総合的な学習の時間や各教科など正課授業の中で実施しています。学校教育の現場は子どもたちの日常の場所、特に公立学校で開催するので、さまざまな家庭環境の子どもたちが集まっている。美術館とか劇場とかで、よいワークショップをやっているが、日常の場所、学校で開催するのとは少し意味あいが違うと思っています。ワークショップといわゆる学校の授業の違いというのは、教えられる側と教える側という関係性ではなく、アーティストは「教える」というふうに考えていないので、関係性がフラットです。

(a)    ACTION!
・地域/まち:東京の巣鴨・西巣鴨エリア
・廃校を拠点とする可能性
地域は、子どもたちの日常的な時間と場所か?
・子どもたちと地域のおとなたちとの関係づくり⇒世代間交流
・新住民と旧住民、子育てネットワーク、おとなたちの関係づくり、新たなコミュニティづくり
・多様なメディア⇒グリーン、カフェ、絵本、地域資源(映画撮影所跡・商店街・寺等)

ACTION!は、豊島区とか自治体との関係が出来てきて、地域・まちをテーマにした活動となりました。以前は、場所を持ってしまう不自由さを感じていた。ASIASをはじめたときは、知り合いの事務所の一部を借りて、場所をもたずに活動していました。2004年に、縁あって、いまは廃校を活動拠点としています。その場所で、地域の人たちとおもしろいことができたらと思ってはじめました。

ASIASの時は、ターゲットは「子ども」「学校の先生」
ACTIONは、「地域」「子どもと大人の関係づくり」「世代間」「新・旧住民」といったテーマで、新しいコミュニティづくりを意識して活動しています。

ー活動の背景にあるものー
いまの子どもたちの実態、学校の状況、地域住民の意識、というのを確かめるということをこの活動ではやっているのかなと思います。子どもたちが変わってきた、遊ぶといっても自然の中で遊ぶことが減ってきている。コミュニケーションがとれないとか、いわれるがそういう状況にさせているのは大人。今子どもたちが置かれている状況を大人が知ることが大切だと思います。

子どもたちを椅子に座らせて教壇に立って教えるのが通用しなくなっていると感じている先生が多い。実際に私も見てきて、そのことは感じているのですが、アーティストのワークショップをやると、例えば普通の授業では問題があると思われている子がおもしろい表現をすることがよく見られます。そうした授業環境のつくりかたによって、随分と違ってくるのではないかと思っています。

いまの子どもたちの状況は、それぞれに違う。それぞれに違う子どもたちとどうやって、学びを形成するか。その辺りが、重要なことだからこそ、アーティストにできることがあるのかなと思う。新住民と旧住民が断絶していることも地域が抱えている問題です。そうした課題に、こどもたちを媒介にしていくことで、自然に話し合う場が形成されていく。そこに可能性を感じています。

—文化と文化の狭間。どちらにも属さない人々のことー
学校の文化。公立の学校の場合、ある程度公立学校の常識がある。でもアーティストはその常識を壊そうとする。そこをどうコーディネートしていくのか、というのがASIASの仕事でもあります。役人の文化とNPOの文化も違う。コミュニティとコミュニティの違いの中で、その狭間にいる人があるのではないかと思っていて、学校のクラスの中でも授業になじめない子がいる。そこにアーティストが入ってくることによって、その子について見る目が変わったりする。
「聞こえない親を持つ、聞こえる子どもたち」ポール プレストンというアメリカの研究者が書いた本があります。きこえない親が持っている子ども、CODA(Children of deaf adults)のことを書いている。きこえる人ときこえない人の文化の間にたっている人たち。これを読んでとてもおもしろかった。僕はいわばこのCODAが、社会を変革していくときにおもしろい存在ではないかと思っています。文化と文化の狭間にいる、例えば、ネット社会の人たちと地縁血縁の人たち、新旧と比べられたりする、それぞれのコミュニティのどちらにも属していない人、あるいは、2つをまたいでいるような人が、これからはおもしろいと思います。

何が普通で何が常識か、というのは属するコミュニティにおいて変わるもの。学校もそうで、普通とか常識をどう捉えていくか、常識を壊せばいいということではなくて、こっちではこれが普通、ここではこれが常識、というふうに客観的にみていけるといいんじゃないかなと。
アーティストが子どもと出会ったときに、何がおこっているのか、地域と出会うというのはどういうことなのか。現代アーティストは、社会を新しい視点で見ることができる。そういう人が子どもと表現することで、子どもは多様な価値観を認め合うことができるのではないかと思います。子どもたちがリアルに思えることというのは、身体のこととも密接に関係してくるが、身体の問題は非常に捉えにくい。単純な話、自然の中で身体を動かす機会が減っているということもありますし、子どもの身体自体も変化してきているような気がします。身体の問題は子どもと向き合う時には考えるべき必須の要素だと思います。

限られた資源を分かちあっていく社会になると、ますます多様性が重要になっていくと思います。そうしたことを子どものうちから体験することが必要。さきほど、文化と文化の狭間という話をしましたが、社会の中心にいる人ではない人、周縁にいる人が社会をかえていくのではないかと思っています。

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堤さんにあげていただいた、アートプロデューサーの5つの資質は以下の通りです。

(1)アートから距離を置くこと
(2)相手の世界を知ること
(3)現場で感じる力・見る目を養うこと
(4)寛容かつ誠実であること
(5)社会も自分も変化することを自覚する

(遠藤 綾)

AAF学校 vol.4「アートとまちがつながる必然をつくるーBEPPU PROJECTの取り組み」レポート

温泉観光地として有名な大分県別府市。第4回は、この地を拠点に活動を展開しているBEPPU PROJECT(http://www.beppuproject.com/)の山出淳也さんに、レクチャーをお願いしました。BEPPU PROJECTは、2005年の設立から、展覧会やリノベーション、出版など、多岐にわたる活動を実現しながら、別府で国際芸術祭の開催を目指しているアートNPOです。その過程では、芸術文化のための環境、仕組みを様々に作り出してきました。これまで、どのように活動を行ってきたのか、そのプロデュースのポイントは何か、お話して頂きました。

まず、アートプロデューサーに必要とされる資質を5つ挙げていただきました。
1:無謀さ(他人から見たら)
→誰からも頼まれることなく、最初に決めることができるか
2:観察力(時に鈍感風)
→場や状況の正確な把握力
3:バランス感覚
→翻訳能力、コミュニケート能力
4:展開力
→さまざまなものをつないで編集する
5:実行力
→とにかく何かを実現させるまであきらめないしつこい人

次に、アーティストとしての山出さんの活動、BEPPU PROJECTのこれまでとこれからについて、お話いただきました。別府のまちについては、3つのキーワードから整理されています。別府の地域資源、ポテンシャルを客観的に整理した上で、多様なプロジェクトが立案されているので、プロジェクトのバラエティは豊富でも、ベースの部分でそれらのプロジェクトに一貫性を感じます。

別府を考えるための特徴的なキーワード

地質学的・地理学的特徴:湯けむり —「湯けむり」は大地の活動の証である
歴史的・文化的特徴:移民文化 —「異邦人との出会い」
理念的特徴:混浴温泉 —「人々が入って共有し出て行く場所」

紹介された取り組み

cities on the book(2006年)
宮島達男展“Counter Voice in the Earth”(2006年)
全国アートNPOフォーラム in 別府(2006年)
書籍「まちの記憶に会いに行く cities on the book」(2007年)
別府インキュベーション・スクエア みなとパレット(2007年)
虹の授業ートヨタ・子どもとアーティストの出会いin大分(2007年)
温泉ナイト@市営竹瓦温泉(2007年)
シンポジウム「世界の温泉文化創造都市を目指して」(2007年)etc
※過去のプロジェクトの詳細はこちら
http://www.beppuproject.com/
http://www.beppuproject.org/bp.html

2009年に開催を予定している、別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」(http://bp2009.exblog.jp/i6/)は、BEPPU PROJECTがイニシアティブを取って地元の受け入れ態勢を整えつつも、主催は別府市です。また全国のNPOとも協働しながら、展開されます。多くの国際的なアーティストが参加するこのフェスティバルが、BEPPU PROJECTの活動の終着点ではないことは、特徴的です。アーティストの展示以外にも、フランス・ナント市の大学との交流事業や、レジデンスプログラム等、色々なプログラムが混在するフェスティバル=混浴温泉世界となっていますが、むしろ、このフェスティバルをきっかけに、新たな活動がこの地域に生まれることを目指しているとのこと。アートを中心とした地域の再生計画という、より大きな動きの一つの要素として、このフェスティバルも位置づけられていました。

フェスティバルと同時に進められているのが、中心市街地活性化の一環としてのリノベーション事業「中心市街地リノベーション構想」。中心街のあるエリアを、アート特区、街がそのままアートセンターになって行くという構想を、既存の空き店舗を活用して実現しようとしています。「課題と手法」として、1:多数の空き店舗、2:回遊したくなる仕組みづくり、3:新しく生まれ変わる地域を担う人材の育成、を挙げていました。文化芸術による地域再生を、ソフト、ハード面から取り組んでいます。

現在の社会で、アートNPOが関わることの出来るフィールドはとても広いし、出発点をアートとすることで、様々な領域に関わって行くことができる、そんなことを感じさせるレクチャーでした。

以下、講義で話されたことから、幾つか箇条書きでまとめました。

資質のトップに「無謀さ」を挙げましたが、無謀な人であればアートプロデューサーになれるというわけではなく(笑)、最初に何かをしようと決断できることが重要だと思います。何らかの枠組みがないとできない、というわけではなく、その枠組み自体をどうやってつくっていくかを考えていくこと。誰かの依頼ではなく、自分自身が信念をもとに行動をおこしていくこと。他人からみたら無謀だけど、自分としては、確信を持ってやっている。

自分自身で全てコントロールするのではなく、開いていく。

僕らの活動は、誰かに頼まれてやっている訳ではない。無謀にアートフェスティバルの開催を掲げてやっている。なので、色々な障害が出てくる。それを一つ一つクリアしていかないといけないが、目標を実現することを前提に、どうやってそれを解決するための必然性をつくっていくか、それをあきらめずにコツコツやっていけるか。それがとても大事だと思う。アートに限った話しではないですね。

このBEPPU PROJECTにおいては、組織のあり方が、団体の目的でもあります。この団体で、アートを専門としているのは、僕を含めて二人だけ。アートの知識をもともと持っていないメンバーが大半を占めます。団体への参加条件として、経験やスキルではなく、実現しようとする意志があるかどうか。誰でも参加できる。やる側と見る側の境目をできるだけなくしたいと考えています。団体の運営では、こうした点を大事にしています。

リノベーションとは、そこにあるものに手を加えることによって、従来の目的どおりに再生させるのではなく、新たな価値や意味を生み目的を変化させること。

六本木型再開発のように、更地にしてしまうと、今のまちの魅力を再現出来ない。少しずつ街に手を入れて行く。

別府の特徴として、多数の遊休施設、生活温泉、様々な異文化が移入していること、が挙げられます。生活温泉について簡単に説明すると、別府市中心市街地に多数点在する温泉施設は、現在でも市民が日常的に使用し、そして観光客も同じように湯ぶねを共有しています。地域住民と他者の距離が極めて近く、両者が出会い語らう交流の場、温泉文化がすでに町にあるんです。

地域のマネジメントを、一つ一つのお店単位で考えるのではなくて、一つの通り、エリア全体で考える。

具体的な目標設定を、誰かが一方的に設定するのではなくて、そうした目標自体が生まれる仕組みを作らないと行けない。勝手に生まれる仕組みというか。みんなで、その枠組から生んで行く。

建物をリノベーションするのではなく、システムや考え方をリノベーションすることが必要。

なぜアートが地域に必要なのか。一つは、異なる視点の導入ですね。違った視点の提案、自由な発想力を持った人間が町の中にいることが有効なのではないかということ。もう一つは、交流人口の多様化。どうやって、異なる視点を持った人が集まるようにできるか。また、文化は人を育てることもできる、と思う。

アートマネジメントのポイントは、シンプルで的確なコミュニケーション能力。良い事業は、意図しなくても別の事業を生む。これが事業の一つの評価になる。そして、地域における存在価値を高めること。

(坂田太郎)

AAF学校 vol.3 西村佳哲さん 「”アート?”のつくり方 リビングワールドの仕事から」レポート

デザインの領域でものづくりのお仕事を手掛けながら、働き方研究家として作り手の多様な仕事のあり方を観察してこられた、西村佳哲さんに「アート」という枠組みを超えた、何かをつくる、伝えるために大切なことについてお話しいだきたいという想いで、今回AAF学校へのご登壇をお願いしました。

毎回、講師の方にご提出いただいている「アートプロデューサーに必要な資質とは?」については、
1)存在
2)関係性
3)情報
3′)リスペクト
4)環境
5)自分の仕事

と、5つの項目をご回答いただきました。
この5つの項目を選んだ理由について、西村さんご自身がこれまで一緒に仕事をなさってきたプロデューサーのエピソードなどをまじえながらお話いただき、1つの項目が終わるごとに受講生3名で構成されたグループで、その内容について気がついたこと、感じたことを話し合いました。

以下、講義で話されたことから、箇条書きでまとめました。

1)存在
・担当者の器以上のものはつくれない。
・若い頃、大きな会社との仕事をやるのが嬉しかったけど、会社に憧れて入った人は、いつまでもファン。その器の中でしか仕事ができない。
・社長プロジェクトとよばれる、社長が直接動くものは上手くいくといわれる。これはなぜか
ー直感を頼りに判断している。
ー自分自身で判断している。
ーリスクをとっている。
ートラブルが生じたとき、問題を追及する。
ー代案を持っている。
・社長と直接仕事をしていく時には、プロデューサーは介在していない。建て主と大工がいれば家は建つ。では、なぜ中間人材ープロデューサーが必要なのか。そうした目で、プロデューサーを見てみると、その必要性がわかるのではないか。

2)関係性
・PRとは、「プロモーション」ではなく、「パブリック・リレーション」のこと。
・どのように社会と関係を持っていくか。関係の中でモノが届いていく。「つくる」ことはできるけれど、「届ける」までが大きな仕事。
・ハイコンテクストな状態。みんなが何を大切にしているかがわかっているという状態を創り出すことが大切。

3)情報
・全く新しいアイデアではなくて、既にあるものの新しい組み合わせをどうやってつくるか。組み合わせ以前に、情報が必要。
・いろんなものを組み合わせて、あるベクトルがかかった瞬間にまとまる。
・プロデューサーのほうが、作り手よりも情報量をもっているという場合が多い。情報をどうやって開示し、シェアしていくかが大事になる。

3′)リスペクト

・プロデューサーの人は、依頼があると、企画書をつくる。例えば、アーティストのWEBサイトをはりつけて、提案する。その段階で話しをしてくれる人もいるし、全く言わない人もいる。アーティストやデザイナーにどのタイミングで話しをするか、ということは非常にデリケートなこと。
・作り手をネタや商材や労働力としてみないということは、非常に大切。それが真ん中に立つ人間にとって一番大切なこと。

4)環境
・箱、人手、食事。を提供してくれた、益子スターネット、オーナーの馬場さん。
お金をもってくるのではなく、環境を提供してくれるというプロデュースの仕方もある。
・食事が美味しいというのは、コミュニケーションの条件。つまりそうした環境の提供によって、パブリックリレーションの場となり得た。

5)自分の仕事
・働き方研究家として、さまざまな仕事場に行き始めたのは、大きな会社の仕事のやり方しか知らなかったので、見てみたかった。ヨーガンレール・象設計事務所・柳宗理、パタゴニアなどさまざまな仕事場を見た。全員、他人事の仕事ではなく、自分自身の仕事をしていた。
・やり方が違うから結果も違う。目指すやり方を可能にするための、方法や環境をつくっている。
・これは他の人に譲れないという仕事をやっている人は輝いている。


受講生同士の話し合いの時間をしっかりと設けながらも、アートやデザインといったジャンルを越えた、根源的なお話が伺えたように思います。
他人事ではない、自分自身の仕事をつくっていくということは、同時に自らの生きる姿勢をも現すものなのだということを改めて考えさせられる時間になりました。(遠藤 綾)

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