映画時間〜コザ街歩き映画祭〜
スタジオ解放区による、「映画時間〜コザ街歩き映画祭〜」は、まさにタイトルそのままのプロジェクトでした。
沖縄市のコザ地区にあるアーケード街「銀天街」を舞台に、いろいろな場所と時間に映画を上映する。つくる。観る。映画のある生活空間、生活空間が舞台になっている映画が、街を万華鏡のような空間に変容させています。中乃湯という銭湯での上映会では、僕も生まれてはじめて全裸で映画を観ました。これは通常の銭湯の営業時間内に行われていたので、映画上映を知らない近所のおじいさんが、ふつーに入っていらっしゃって、とてもおかしかったです。
銀天街アーケード内で行われた上映会の様子は、銀天街の八百屋さんが開設されているブログに詳しくリポートされていますので、ぜひご覧ください。
・コザの八百屋の独り言 http://yaoya.koza.in/
一柳亮太さんが講師となっている、コザの銭湯を探すワークショップに参加しましたが、スタジオ解放区に集まるコザの子どもは、みんな本当に元気!油断しているとすぐよじ登ってきます。大人の男性は”乗り物”と認識しているらしい・・・。グループに分かれての銭湯(と銭湯跡)を探すゲームは、小学校2年生の女の子がリーダーとなって、みんなをぐいぐいとひっぱっていきます。スタジオ解放区のコザでの取り組みは、5年になりますが、小学生から参加している子どもが、高校生になっても参加してくれているそうです。
「映画時間」会期のちょうど中盤の”反省会”のパーティにも参加させていただきました。前述のブログの古堅さんをはじめとする、コザの商店街の皆さまに、まちのお話を伺っていると、「うーん、それはキング牧師が暗殺された頃だよ」とか「照屋の公民館でもブラックパンサーの集会があってさ」などという話がポンポン出てきます。米軍基地に隣接し、多大な影響を受けてきたまちならではのエピソードです。ベトナム戦争時のコザは、ものすごい好況で、バーでは一日で家一軒立つほど儲かったそうで、沖縄全島から人が押し寄せてきたそうです。米兵や外部からやってきた人と否が応でも多文化状態を日常としてきたまちならではの、寛容な懐の深さも、コザの魅力の一つのようです。
スタジオ解放区の林さんと藤森さんは、プロジェクト全体の切り盛りと、作家としての作品制作で、ものすごい労働量だったとのことですが、「映画時間」というシンプルなコンセプトが、コザのまちと化学反応を起こし、ゆるいつくりながら、不思議空間がギラっと垣間見える優れた時空間でした。
コザの銭湯での上映会、まち歩きワークショップ、パーティに参加していて、内地(沖縄以外の日本)の印象とずい分と違和感を感じたので、合間に首里城(伝統建築)・那覇市内(現在の繁華街)・名護(住宅街)を歩き、沖縄におけるコザの特色を捉えようとしてみましたが、いまひとつ分かりません。ワークショップの講師の一柳さんに伺ったところ、内地ではいわゆる伝統的な地域行事や労働歌・お祭りの主体となるコミュニティの経験を持っているのは、70歳以上という感じですが、沖縄では、40歳代の人でも伝統的なマインドを持っているとのことです。
映画というビジュアルアートによって、目に見えない(インビジュアルな)地域の特性が顕在化するという点がアートプロジェクトの持つ面白さでしょうか。
商店街の皆さんや、アーティスト、旅の途中でぶらっと寄った学生までもが、のんびりと居付いてしまう、スタジオ解放区ですが、その地道な取り組みが認められて、沖縄市のチャレンジショップ事業として新たに、住民の手によるまちとアートの場「銀天大学」という事業も始まっていました。
アートプロジェクトをきっかけに、まちが変わりつつある予感を感じさせる、「映画時間〜コザ街歩き映画祭〜」でした。(検証チーム・下山)
