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コラム2016.05.20

#59 石幡愛(余白工事の会/国際芸術祭及び地域アートプロジェクトの事業評価検証会運営事務局)

■妊娠と出産を経験して感じた「物語」の存在 2013年初夏、妊娠8週で流産をした。子宮の中には、胎児のいない空っぽの袋だけができていて、代わりに、胎盤になるはずの組織が無数の気泡のように異常増殖していた。胞状奇胎という病...

 

コラム2016.04.20

#58 片岡優子(NPO法人 BaRaKa)

幼い頃から「どうして自分は島にうまれたんだろう」と思っていました。五島で得ることができる情報はその頃、チャンネル4つ(NHKが2局)のテレビや雑誌や映画の中で、都会にはたくさんの世界があるのに、五島には小さな世界しかな...

 

コラム2016.03.18

#57 黒田恵子(合同会社 グランドゥ)

気づけば12年。この小さな町に根を張っていた。当初、「自分らしいことがしたい」と思いこの河原町と出会った。この町の時の止まったかのような異空間さと「クリエーターの町」としての動きに共感し、店を構えた。疲弊したシャッター街...

 

コラム2016.02.20

#56 冠 那菜奈(アートメディエーター/余白工事の会)

■「胸をはって話ができる、自分の"ふるさと"ってどこなんだろう...?」初めて私がAAFと出会った時に思ったこと。今でもよく覚えている。大学に入って少し経ってからのこと、2007年だからもう9年近く前になるだろうか。知り...

 

コラム2016.01.20

#55 山浦彬仁(NHK秋田放送局)

■『わたしたちにかかる制御不能な圧力を、それぞれの場所でそれぞれにささやかながらも対抗的に「押し返す」ことである。ささやかであってもそれらが集まれば、一つの力になる。そこに希望を託すことである。』(鷲田清一「しんがりの...

 

コラム2015.12.20

#54 朝倉由希(一乗・創造の谷プロジェクト)

小さいころから何故か、「人にとって豊かさとは何だろう、人が豊かに生きるということはどういうことだろう」、ということをずっと考えていた。また一方で、音楽が好きで、ピアノやフルートを趣味とするなかで、芸術が心に直接うったえか...

 

コラム2015.11.19

#53 前田優子(十中八九)

子どもの頃から「詩」が好きでした。書くのも書いてましたが、読むのがほんとに好きでした。そのきっかけは小学校の国語の教科書にのってた、草野心平の「春のうた」だったと記憶しています。けるるんくっく。なんじゃそりゃ。ってかんじ...

 

コラム2015.10.20

#52 コタケマン(セルフ祭)

「今年は焼きそばUFOやなくてSPA王でしたー」この言葉で、ここ2、3年ほど恒例になってきている、相撲でUFOを呼ぶ儀式を終え、9月20日、21日、23日の3日間開催した、今年で4年目、だいたい10回目くらいの「セルフ祭...

 

コラム2015.09.20

#51 加藤さとみ(合同会社 モッコ)

私は、一年に一度、自分がこれまでどうだったかを振り返る日というのを持っています。もちろんそんなに大げさではなく、ただぼんやり思う程度のことですが。それがスタートしたのは2010年8月1日のこと。お昼休みに外へ出ると、そこ...

 

コラム2015.08.19

#50 杉原信幸(原始感覚美術祭実行委員会)

祖父の建てた長野県大町市木崎湖畔の合宿所で幼いころから夏休みを過ごしていた。その老朽化した2棟の建物のうち、1棟を壊して、蝶の採集に訪れていた探検家・食生態学者の西丸震哉さんの記念館を父が作ることになった。西丸震哉さん...

 

コラム2015.07.20

#49 久保田翠(認定NPO法人 クリエイティブサポートレッツ)

認定NPO法人クリエイティブサポートレッツは、2000年から活動を始めて、今年で15年。そのきっかけは、障害のある長男の誕生だった。彼の誕生によって人生が一変し、仕事(建築・環境デザイン)ができなくなったことによって、そ...

 

コラム2015.06.19

#48 新見永治(パルルを支援する会)

パルルというのは名古屋市中区にあるスペースの名前だ。「パルルはまちである」と宣言していて、そこに集う人達を「住民」と呼んでいる。運営はリーダーを置かずにその「住民」たちが話し合いをしながら行っている。パルルとして掲げる...

 

コラム2015.05.20

#47 大村みよ子(非公式物産展/パートタイマー)

2頭目の犬を迎える際に、ブリーダーに「性格の良い犬同士で掛け合わせたからね、この子も性格良いよ」と言われ、とても驚いたことがあります。さらにブリーダーは言いました。「生まれついての性格は変わらないからね」と。 本来は、...

 

コラム2015.04.20

#46 藤田知丈(暮らシフト研究所)

サラリーマンになるのとほぼ同時期に、結婚して子どもができた。その頃からだろうか、現在の消費大国ニッポンの姿をとてもおぞましく感じるようになり、持続可能な循環型の暮らしが当たり前の社会に変えられないものか、と思うようになっ...

 

コラム2015.03.20

#45 原 亜由美(写真の町シバタ・プロジェクト実行委員会)

わたしが『写真の町シバタ』に関わるようになって2年経つ。シバタは新発田と書く。往年の高校野球ファンなら、甲子園での新発田農高の活躍を憶えていらっしゃるかもしれない。小説がお好きなら、昨年末逝去された宮尾登美子氏の『藏』に...

 

コラム2015.02.20

#44 鄭慶一(枝光本町商店街アイアンシアター)

みなさんこんにちは。枝光本町商店街アイアンシアターの鄭慶一(ちょん・きょんいる)です。ほとんどの方々が初めましてだと思います。よろしくお願いいたします。はじめに僕は「地域」という言葉があまり好きではありません。ですが今...

 

コラム2015.01.20

#43 山田訓子(長者町まちなかアート発展計画)

長者町で暮らすようになり『長者町まちなかアート発展計画』という活動をはじめて5年目を迎えようとしている。20代の頃に「30代になったら自然が多い地域に移り住みたい」と考えていたはずなのに、人生はよくわからない。なぜ現在も...

 

コラム2014.12.20

#42 浅野吉英(たてじまアートプロジェクト)

「アートプロジェクト」の主催者になると、高校生がアートの発生場面に立ち会えるにちがいない、と考えたのが8年前です。高校生が、地域でつくる「アートプロジェクト」を年間の活動とする授業「今津プロデュース」を学校設定科目とし...

 

コラム2014.11.20

#41 上田假奈代(詩人、NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)

大阪でアートNPOココルームをたちあげ、喫茶店のふりをして12年になる。いまは西成区通称・釜ヶ崎の端っこの商店街で小さな元スナックを喫茶店兼事務所にしている。シャッターにはジャングルとバンビちゃんの絵、大きな看板は伊藤...

 

コラム2014.10.20

#40 坂田太郎(サイト・イン・レジデンス/P3 art and environment リサーチャー/アサヒ・アートスクエア サポートスタッフ)

現在、自宅の近くの一つの土地に、アーティストと定期的に通っている。このプロジェクトを構想する過程で、思い出した風景や考えたことについて、思いつくままに、とりとめもなく、書いてみたい。十数年前にみた風景を今でも何度も思い出...

 

コラム2014.09.20

#39 スズキジュンコ

埼玉に生まれ、大学で山形へ、オルタナティブスペース運営のため長崎波佐見へ、そしてアートNPOスタッフとして富山氷見にと、なんだかずうっと日本のアートの匂いがする田舎に身を置いている。アーティスト・イン・レジデンスはしばし...

 

コラム2014.08.20

#38 松浦道仁(隠岐アートトライアル実行委員会)

憂鬱な地域起こし昭和57年、30歳で東京からふるさとの隠岐島に帰り、あたかも知り尽くした場所と感じていられたのは、ほんの半年くらいであった。景観は変わらずとも世界が変わって見えた。それもそのはず、ボクが知っていたのは、た...

 

コラム2014.07.18

#37 相澤久美(silent voice、淡路島アートセンター、対話工房ほか)

つい先日、以下の通りFacebookに書いた。政治的なことはFBには書かないことにしているが、うっかり書いてしまった。****賛成、反対の意見を読む。どちらも、それぞれの正当な主張がある。それぞれの言い分も、それなりに...

 

コラム2014.06.19

#36 工藤桂子(NPO法人 グリーバレー)

四国の山間の町、徳島県神山町で1999年にスタートした神山アーティスト・イン・レジデンス(KAIR)は今年で16年目を迎える芸術家滞在制作事業である。これまで19ヵ国から54名のアーティストが神山町を訪れ、制作・発表を行...

 

コラム2014.05.20

#35 陸奥賢(観光家/コモンズ・デザイナー)

AAFネットワーク事務局の長谷さんから電話をいただいて「むつさん、AAFコラムをお願いします」ということで、ひきうけました。文字数はなんぼかいうてはったと思うんですが、忘れました。あんま気負いせんと書きます。ネット掲載や...

 

コラム2014.04.20

#34 三上清仁(アーティスト/AIR Onomichiディレクター/光明寺會舘代表/なかた美術館ディレクター)

月極の駐車場の隅の方、建物とアスファルトとの境目からセイタカアワダチソウやアレチノギクが生えている。普段は消えて見えていない。しかし今は見えている。いくら毎日通る場所とはいえ、その植物たちが芽吹いたその時や成長の過程など...

 

コラム2014.03.20

#33 長岡野亜(映像作家)

「バン、ババン!」滋賀県近江八幡市島町にある「島コミュニティセンター」の一室から、爆竹のような轟音が鳴り響く。竹・藁・菜種がらを編み合わせて作られた高さ7mの「ほんがら松明(たいまつ)」が燃えて弾ける音である。この時、そ...

 

コラム2014.02.20

#32 今川和佳子(酔っ払いに愛を実行委員会/八戸ポータルミュージアムはっち)

「酔っ払いに愛を」。2008年秋、ある人の勧めでアサヒ・アート・フェスティバルに応募してみることになった。当時八戸市は、市が直営する公共施設「はっち」開館に向け、市民力が最大限に発揮されるソフトづくりに関心が高まっている...

 

コラム2014.01.20

#31 曽我高明(現代美術製作所/NPO法人 向島学会)

ここ数年、東京・墨田区の向島では様々なアート拠点が増え、近頃では毎週どこかで催しが行われている。おかげで方々に足を運ぶため、けっこう忙しいが、楽しい発見も多い。昨年12月22日の夜は、鳩の街通り商店街にほど近い「ヒラキ...

 

コラム2013.12.20

#30 下之坊修子(映像発信てれれ)

カフェ放送てれれで上映した作品『面喰い』をめぐって、上映会場ではいろいろな意見がでた。「これは女性を蔑視した作品だ」「気持ち悪い」「技術的にはとても良くできているが...」など、上映後の話だけでは終らず、メーリングリス...

 

コラム2013.11.13

#29 藤城 光(PRAY+LIFE)

遠い未来、地球は氷河に覆われ、人は生活の様相を変え、今ここに見えている世界はひっそりとその底に眠っている。そんなイメージが時折かすめる。逃避だろうか? そうかもしれない。その白い世界を瞼に描く時、私は透明になる。福島第...

 

コラム2013.10.20

#28 鈴木一郎太

私たちの周り、または自分の中にも、割り切れないものが数多くある。それらを突き詰め、既存の言葉に置き換え、カテゴリー分けし、"明言"することも時には必要だと思う。しかし昨今の社会が"わかりやすさ"にこだわる風潮が強いから...

 

コラム2013.09.20

#27 茂木綾子(ノマド村)

私たちが暮らす兵庫県淡路市長澤は、棚田の広がる山合いにあり、集落内には古い寺や神社が点在し、絵に描いたような清らかな里山。その長澤で百年続いた廃校へ、私たちドイツ人と日本人のアーティスト夫婦と娘二人の家族が移り住んだ。...

 

コラム2013.08.20

#26 内田聖良(余白工事の会)

実際の「もの」や「こと」以上にそれにまつわるイメージのほうが先行して、あたかもそれが正しいようになっていること、その正しさに従わなければならないような気持ちになります。「余白ネットワーク」プロジェクトを始めたとき、「枠...

 

コラム2013.07.20

#25 宮城 潤(compass)

一人娘が小学校に入学してからPTAというものにかかわるようになった。PTAとは、保護者と教職員による社会教育関係団体のこと。いわゆるあのPTA(Parent-Teacher Association)である。2001年に...

 

コラム2013.06.20

#24 吉川由美(ENVISI)

宮城県南三陸町でさまざまなアート活動を続けている。東日本大震災による大津波で、当町では800人以上が犠牲になり、志津川地区では2700戸のうち2000戸が、戸倉地区では600戸のうち540戸が、歌津地区では1400戸の...

 

コラム2013.05.20

#23 スズキクリ(ART LAB OVA)

ART LAB OVA(以下オーバ)が「横浜下町パラダイスまつり」をもってAAFに参加して、今年で5年目になる。 わたし自身は、オーバとして横浜下町パラダイスまつり全体のオーガナイズをしながら、アーティストの一人としても...

 

コラム2013.04.20

♯22 大場陽子(作曲家)

なんの変てつもない、いびつな形をしたじゃがいもが1つ。さて、これをどう調理して食べよう? 醤油と砂糖で味付けした、おいもの煮っころがし?それとも、人参やタマネギと一緒にコトコト煮込んでポトフ? そうだ、揚げたてあつあつ...

 

コラム2013.03.20

#21 国松希根太(飛生アートコミュニティー)

飛生(とびう)地区に引っ越してきてから10年の月日が流れた。かつて、小学生の頃に2年間過ごした場所であり、現在はそこで妻と娘2人との生活を送っている。2002年の秋に住みはじめた当時は、大学卒業1年後で先が全くみえない...

 

メッセージ2013.02.20

#20 松崎宏史(糸島芸農)

広島の大学を卒業した後、ドイツで約5年間作家活動をしてきた。ヨーロッパ各地のアーティスト・イン・レジデンスにも、機会があれば積極的に参加した。アートが身近に溶け込んでいるヨーロッパの環境に羨ましさを感じつつも、地元糸島...

 

メッセージ2013.01.20

#19 日沼 禎子(女子美術大学)

大学卒業後いくつかの仕事を経て、ちょうど30歳という節目の年齢を迎えようとしていた時、アーティスト・イン・レジデンス・プログラム(AIR)を中心としたアートセンター(現:国際芸術センター青森ACAC)設立を青森市が計画し...

 

メッセージ2012.12.20

#18 森真理子(一般社団法人torindo/まいづるRB)

私的なことですが、現在、妊娠生活を送っています。お腹の中に子どもがいるというのは初めてのことで、そのせいなのか、ふと何年も前に亡くなった祖母のことを考えました。私には明治生まれと大正生まれの祖母がいました。大正生まれの祖...

 

メッセージ2012.11.21

#17 皆川俊平(WATARASE Art Project)

目を閉じ、夢の中、私たちは旅をする。 旅人、旅行鞄、空港、飛行機、曇った空、雲、雷、突然の豪雨、川の氾濫、倒れた木々、濁った水、浄水器、プラスティックのコップ、冷たい飲み物、砂浜、ミズクラゲ、夏の終わり、赤とんぼ、ススキ...

 

コラム2012.10.23

#16 徳永高志(NPO法人クオリティアンドコミュニケーションオブアーツ) 

成り行きで、地域のいくつかの個性的な文化施設にかかわっている。たとえば、内子座。内子座は愛媛県内子町に1916年に設立された廻り舞台と花道を持つ本格的な芝居小屋である。芝居小屋というと歌舞伎を上演していたというイメージが...

 

コラム2012.09.20

#15 中平千尋(Nプロジェクト実行委員会)

アートが、身近に感じられない。私もそうだが、中学生にとっても「アート」は、遠い存在である。中学生は言う「アートなんてなくても生きていくことができる」と。アートだけでなく、美術館も、アーティストも、物理的にも精神的にも遠い...

 

コラム2012.08.20

#14 藤森千夏(スタジオ解放区)

2002年の夏に初めてコザ・銀天街を訪れてから、10年がたとうとしている。薄暗いアーケードのなか、まばらな店舗、独特の雰囲気。最初に降り立った時の感触は今でも鮮明に覚えている。ここで自分たちになにかできるのかなぁと不安に...

 

コラム2012.08.09

【特別寄稿】いまこそ、表現を〈民〉が支える仕組みを。

2011年3月某日 「日々の不幸に向き合う」 ある人が言った。「アートNPOは、日々の不幸に向き合ってこなかったんですね」と。アートNPOエイド(*1)を立ち上げようとしたときに、言われた言葉だ。 緊急支援を専門にする...

 

コラム2012.07.20

#13 海子 揮一(対話工房)

深夜のサービスエリア。ペガサス号*のエンジンを止め、つかの間の休息。窓の外には林の奥に広がる深い闇。都会の煌めく夜の光跡を脳裏に残し、瞼を閉じる。 震災の夜、街の向こう側に立ち昇る巨大な火煙を見た。海岸線の闇の下では無数...

 

メッセージ2012.07.01

#12 黒木皇(アフリカからのお客さんプロジェクト)

旅する態度で日常を生きる方法を模索している。飛行機で遠くへ行くことや外国語の流暢さよりも、日常生活の中の異世界に目を向け、それを具体的に捉えたり想像しようとする態度こそ必要なのではないか。*僕はちいさいころから地図が大...

 

コラム2012.05.27

#11 田島 史朗(隠岐・アート・トライアル)

『砂鉄の物語』は、2008年に外浜海岸で砂鉄だまりを発見したことから始まったアートプロジェクトである。島内外での砂鉄の採取や、雲南市吉田町にて近代たたら操業に参加するなど、砂鉄にまつわる物事を調べていた中で、島内の砂鉄を...

メッセージ2012.04.02

#10 松田 文(パオ広場)

売れ残りの分譲団地の中にポツンと建っていたプレハブの建物が私の職場だった。私はそこで金色のススキヶ原の風景を眺めながら身体障がい者の介助の仕事をしていた。 しかし3.11以後、ススキヶ原はあわせて1000世帯分の仮設住宅...

 

メッセージ2012.02.22

#09 安岐 理加(路地と人) 

どこで行きたおれてもよい旅人ですら、妙に、遠い海と空とのあはひの色濃い一線を見つめて、ほうとすることがある。(中略)ほうとしも立ち止らず、まだ歩き続けている旅人の目から見れば、島人の一生などは、もっともっと深いため...

 

メッセージ2012.02.02

#08 田野 智子(NPO法人ハート・アート・おかやま)

冬の澄み切った青空、全校朝会に並んでいる児童の頭上を飛行機が朝陽を浴びて横切る。私は、かつての職場であった小学校で講師をしている。学校にアーティストを派遣し、子どもとワークショップをしていくプロジェクトが、きっかけで。 ...

 

メッセージ2012.01.18

#07 柴田 尚(NPO法人S-AIR) 

AAFが始まった2002年から今まで、気づくと10年を越えてゆるゆると関わってきた。この間、日本のアートシーンの一端が大きく変化してきたと感じている。 かつて、アートシーンは大都市にあるイメージがあった。しかし、現在、日...

 

メッセージ2011.12.27

#06 53235(こうふのまちの芸術祭)

私はいま、メキシコの南、グアテマラの東にある中米ベリーズというカリブの宝石とよばれる四国サイズほどの国のプンタゴルタという町で美術の先生をしている。かつてマヤ文明が栄えたこの土地ではゆっくりだが確実に開発が進行し、それと...

 

コラム2011.11.27

#05 花田 伸一(槻田小学校おやじの会/八万湯プロジェクト)

かつてのスポーツ選手は根性論で歯を食いしばって苦しい練習に耐えて耐えて本番に臨むものでしたが、今は全く逆で、いかに脱力してリラックスできるかが大事だということはよく知られています。必要以上の力みは人の本来持っている能力を...

 

メッセージ2011.11.01

#04 三宅 航太郎(うかぶ)

AAF参加事業であった期間限定のスペース「かじこ」を終えたあと、私は、かじこの運営メンバーのひとりであった蛇谷りえと、鳥取の田舎で「うかぶ」という拠点をつくっている。拠点というか、次の「かじこ」のようなもののための準備...

 

コラム2011.09.19

#03 田仲 桂(TSUMUGUプロジェクト)

このたびの東日本大震災によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被害を受けられました皆さまに心よりお見舞い申し上げます。-------------------------------------...

コラム2011.08.04

#02 原田 麻以(NPO法人 こえとことばとこころの部屋=ココルーム)

アサヒ・アートフェスティバル(AAF)が始まった2002年、わたしは17歳の高校生でした。その当時の自分と言えば、地域や社会や世界との接点の手触りを、自分の中に見つけることができずにいたように思います。年齢的な要因ももち...

 

メッセージ2011.08.01

#01 芹沢 高志(アサヒ・アート・フェスティバル事務局長)

アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)とは、アートによって地域を再生しようとする、多様なプロジェクトの集合体だ。しかし最初からこのようなかたちが明確に構想されたわけではなく、ある意味、「成るように成って」ここまで来たと...

 

コラム2009.10.07

ART LAB OVA 「横浜下町パラダイスまつり」に至るまで。(1)

話し手╱蔭山ヅルさん、スズキクリさん聞き手╱AAF事務局◎スズキ クリ/音楽家東京巣鴨出身。横浜野毛在住。演奏や作曲活動のほか、ヴィジュアル・アートや演劇、ポエトリーリーディング、最近では手塚夏子、捩子ぴじん等、ダンスと...

コラム2009.10.07

ART LAB OVA 「横浜下町パラダイスまつり」に至るまで。(2)

砂山典子「むせかえる世界」蔭山:2005年にアート・ジャグラーをフランスから呼んだことで、横浜の日仏学院の学院長、フランス人で、フィリップ・ラルーというアーティストなんですが、彼と友達になったんです。今回「横浜下町パラダ...

 

コラム2009.07.09

平嶺林太郎さんに聞く「甑島で、つくる。」

話し手╱平嶺林太郎さん 1983年鹿児島県薩摩郡里村(現・薩摩川内市)に生まれる。東京造形大学大学院修了。2004年より続く「『甑島で、つくる。』 KOSHIKI ART EXHIBITION」を主催するKOSHIKI ...

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