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コラム 2016.05.20

#59 石幡愛(余白工事の会/国際芸術祭及び地域アートプロジェクトの事業評価検証会運営事務局)


■妊娠と出産を経験して感じた「物語」の存在
 2013年初夏、妊娠8週で流産をした。子宮の中には、胎児のいない空っぽの袋だけができていて、代わりに、胎盤になるはずの組織が無数の気泡のように異常増殖していた。胞状奇胎という病気らしい。それは放っておくと子宮癌に移行する前の状態だそうで、子宮の中身を搔き出す手術の後、半年間、経過観察のために通院した。
 その約1年半後の2014年秋、第一子を妊娠した。今度は順調だった。健診でもらうエコー写真は、ぱっと見何かわからない白黒模様で、端にアルファベットの文字列とともに数字が印字されていた。何度も通ううちに、白黒模様は顔であり手であり股であるというふうに見えるようになり、謎の文字列は頭の直径であり太ももの骨の長さであり推定体重であるというふうに読めるようになり、私は、それらの表象を通して胎児のことを理解するようになった。自分自身の体はといえば、毎回異様に低い血圧を見ては、具合が悪いような気になった以外は、ほとんどの検査を正常値でパスした。
 そのとき私は、「現実」とは「言葉」によって語られた「物語」なのだと思った。健診で私が出会ったのは、医療の言葉であり、2013年の私は「思いがけず病人になってしまった自分」という物語を、2014年の私は「総じてリスクの低い妊婦」という物語=現実を引き受けることになった。
 一方で、「健康/病気」とか「正常/異常」といったのとは別に、私には、空想的な言葉で語られるもうひとつの物語=現実があった。おなかの中で謎の生き物を飼っているという物語だ。生き物にすらなる前に無数の気泡になって消えてしまったものが、1年半経って金魚がコポッと吐き出す泡になって、戻ってきたのだと思った。その小さな生き物の気配は、だんだん錦鯉がぐにゃーんと泳ぐようにダイナミックになって、やがて鯉は、竜は竜でも土の竜になったらしい。おなかの中からいろんなところを蹴ってくるのを、今度はこっちかあっちかと身構える感じは、モグラたたきのようだった。そして、ある日の午後、モグラは地上に現れ、晴れてこの世の仲間入りを果たすのだった。

■流通する物語と、流通しない物語
 この話はほんの一例で、進学や就職や結婚や闘病や介護や災害など、あらゆる場面で、何らかの物語=現実が生まれている。いや、そんな大げさなことでなくても、日常のいたるところにある、人やメディアとの接点において、何らかの物語=現実が生まれている。人は複数の物語を同時に生きることができる。でも、その複数の物語の中には、一般的に流通している物語と、極私的で流通しない物語とがあると思う。私は、医療の言葉で語られる物語を一方で受け入れ、空想的な言葉で語られる物語の出ていく先がないことに他方でモヤモヤしながら、流通する物語と流通しない物語の差異がどのようにつくられているのか、ということに興味を持った。そして、前者の陰にひっそり存在している後者を、変に持ち上げるのではなくて、ひっそりさせたままで、でも無きものにしないために、どうしたらよいのかということを考えている。
 私がライフワーク的に関わっている「余白工事の会」の活動は、そういう問いを扱っているのかもしれない。余白工事の会のメンバーは、全員がお互いの価値観や考えに共感しているわけではない。けれど、それぞれが極私的な物語に端を発する活動に取り組んでいる状況は、「他の誰かの極私的な物語もまた無意味なものではないし、私はそれを無きものにはしない」というメッセージのようにも感じられる。アートが人と人とをつなぐ可能性を持っているとすれば、それは、突き詰めれば誰もがたったひとりで、究極のマイノリティだという事実に、アートが立脚しているからだろう。

■記録と評価と物語 
 現在、私はアートプロジェクトの記録や評価に携わっている。それもまた、ある言葉でもって、ある物語=現実を立ちあげる作業だといえる。「何のために記録や評価に取り組んでいるの?」と聞かれれば、一応は「活動を続けていくためには、PRとかファンドレージングとか、必要ですよね。そのためのツール(=流通する物語)をつくりたいからです」と答えてみるけれど、実は半分本音で半分建前だ。それ以上に、私は、人を巻き込むツールとしてその物語を機能させる権力に注意深くありたい。そして、その陰に存在しているかもしれない多様な物語が語りだされる場に、立ち会いたいのだと思う。


IMG_2809.jpegのサムネイル画像石幡 愛 Ishihata Ai 
1984年生まれ。専門は教育心理学。アートプロジェクトのアの字も知らなかった大学院時代、谷根千に住む乳幼児の親御さんたちと、子どもたちの遊び場づくりをはじめたのをきっかけに、暮らしの延長で様々な表現活動をしている人たちと出会う。そのとき出会った友人とはじめた住み開きシェアハウス「ぐるっこのいえ」(2010年〜)を拠点に、2011年〜秋葉原ネットワーク(現・余白工事の会)に参加。2012年〜NPO法人クリエイティブサポートレッツ事務局でアートNPOのマネジメントを経験し、アート畑出身ではない自分が、アートプロジェクトに関わる余地を探した結果、「必要な無駄を守るために実直に几帳面に仕事すること」と「ざわつきや戸惑いも含んだ現場感を他者と共有可能にし、対話の可能性を拓くこと」という答えにたどり着く。現在は、としまアートステーション構想事務局長、国際芸術祭及び地域アートプロジェクトの事業評価検証会事務局、1児の母。