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レポート 2016.03.07

2015交流支援プログラム(海外編) レポート02 韓国・済州島→いろいろやってみる部


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<開催概要データ>
[企画名]音と色とからだ〜島からのお客さん〜
[実施日] 2015年11月30日(月)~12月4日(金)
[招聘者]いろいろやってみる部【京都府福知山市】
[訪問者]マヤ・シンジ・ジョン(BILLE J.A.N.)、ヤンヂャ【韓国・済州島】

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<レポート>
今回私たち「いろいろやってみる部」はAAF海外交流支援プログラムとして、韓国・済州島からマヤ・シンジ・ジョンさんとヤンヂャさんをお招きしました。

朝鮮半島の西南に位置する火山島、済州島。美しい自然をもつ反面で過酷な歴史にさらされてきた場所、現在は国内や海外からの移住者たちが集まり続けている場所、という意味では日本でいう沖縄のような存在だといいます。韓国史上とくに大きな出来事といえるのが、1948年4月3日に起きた済州島四・三事件。韓国政府軍・警察の粛清で6万人(島民の5分の1)が虐殺されたといわれますが、その詳細は未だ解明されていません。過酷な歴史の中で日本に渡って定住する者も少なくなく、のちに「在日コリアン」と呼ばれるようになるコミュニティの1世には済州島出身者も多いといいます。

マヤ・シンジ・ジョンさんは韓国ソウル生まれ、済州島育ち。日本の大学・大学院で12年間にわたって「地域研究」の分野を学んだ経験を生かしながら、現在は故郷・済州島を拠点に、高齢者へのインタビューを軸にマイペースな活動を展開しています。週に1度は島をウロウロ歩き、出会った高齢者に声をかけてはそのまま2〜3時間話し込む。その声を新聞のコラムやラジオ、ポッドキャストなどで紹介してきました。この1年半でおよそ80人分(!)にものぼる声を大切に大切にアーカイブしてきたマヤさん。宝物のような知恵や物語を分け与えてくれる高齢者たちへの恩返しのつもりで、アコーディオンの弾き語りパフォーマンスも始めました。ドキュメンタリー(写真・映画)、本、パフォーマンス(美術、音楽、舞踊、演劇)・・・などさまざまな表現形態を試しながら、子どもにも高齢者にも届く方法論を模索し、その活動の全体像を最近では 「BILLE J.A.N. (Bille=火山岩 J.A.N. =Jeju Archiving Network/ビレジャン)」と名付けてまとめています。
福知山駅の改札で初めてマヤさんと出会い、私の運転する車で山奥に向かうこと約30分。ひとの心を開かせるプロであるマヤさんの魔法にかかって、私はすっかり希望に満ち溢れた気持ちになっていました。この時印象的だったのは、「ひとが土地を選ぶのではなく土地がそのひとに《YES》を言ってくれる」という話。

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写真01 済州島でのマヤさん。島をウロウロし、出会ったおばあちゃんたちへのインタビューをアーカイブしている(撮影:MaYa Sinji Jung)

マヤさんには翌日、私たちが始めたばかりの「このあたりのラジオ」というネットラジオ(といっても現状は収録音源をyoutubeにアップするだけなのですが)の中でインタビューをさせていただきました。(※文末にインタビュー音源へのリンクあり)
「おじいちゃん・おばあちゃんと話し込んでいくうちに、生業や技術の話、あるいは歴史上の事件のなかで犠牲になった家族や恋人・友人の話などごくごく個人的な話がたくさん出てくる。何時間も話したあとに、〝おいしいカボチャがあるからちょっと待ってて〟と言うおばあちゃんがいたの。〝市場で買うからだいじょうぶですよ〟と言う私の手に渡されたのはなんとカボチャの〝種〟。もう世界観が違う!」と話すマヤさん。
「私が好きなのは本物、嫌いなのは偽物です! その人が経験してほんとうに自分の口から出てくる、自分だけのオリジナルな言葉というのがある。それらを、適切な言葉で大切に伝えたい」と言って笑うマヤさんのしゃべる日本語は、彼女にとってそれが「外国語」であることを忘れさせるほどに堪能であると同時に、言葉選びのセンスが絶妙です。

「私のインタビューの技術というのはとにかく歩いて見て聞いて、たくさんの人に会いながら私なりに積み重ねてきただけ。でも、これって今の時代にすごく必要な技術なのではないかと思っています。基本に戻るべきだと思う。きちんと人と話す技術。相手を傷つけない話し方だとか。そういう、人間として備えなければならない力を、子どもたちに伝えたいと思っています」
マヤさんは高齢者へのインタビューを重ねるいっぽうで、子どもの教育現場にも関わっています。日本よりもさらに激しい受験戦争で知られる韓国ですが、子どもを取り巻くそうした教育環境に疑問を抱いてオルタナティブな教育を求めて島に移住してくる者も少なくないそうです。
「壮絶な時代を生き抜いてきた人たちがあと10年、20年もすればみんな天国に行ってしまう。おじいちゃん・おばあちゃんの声を聞く活動を10年くらい続けたら、まだ書かれていない歴史、整理されていない歴史がみえてくるのではないかと思う。私は《歴史を書く》という作業は子どもたちがやるべきだと思うんです。・・・小さな子はときどき、〝お母さんのおなかの中はこんなだった〟とか〝こんなふうにしてこの世界にやってきた〟ということを話すことがありますよね。ある子が〝舟に乗ってお母さんのところに来たんだよ〟と言ったことがありました。それはその子にとって本物の言葉なんです。この、舟に乗ってきた子とカボチャの種のおばあちゃんが出会ったらどんなに素晴らしい世界ができるんだろう?! そのふたりをつなげることが私の宿題」とマヤさん。
この世にやってきたばかりの子どもたちと、この世の変遷をその目で見てきた高齢者たち。そのひとたちのまっすぐな出会いを、中間にたむろする大勢の大人たちが妨げて見えなくしているのだとしたら・・・。マヤさんの話を聞きながら、いつの間にか大人になっていた私、日に日に育ちゆく我が子、そして日に日に、ほんとうに日に日に年老いていく近所のおじいちゃん・おばあちゃんに思いを馳せます。ゆっくりじっくりいかなくちゃ・・・という思いとは裏腹に、あからさまに刻一刻と過ぎゆく時間に気持ちが焦ります。

「歴史」という言葉は私自身にとって、20歳の頃に出会った韓国の友人たちとの関わりの中で胸に突き刺さった重要なキーワードでした。韓国と日本はまるで双子の惑星同士のような不思議な関係で、それぞれの社会にはたくさんの共通点とたくさんの相違点、そしてたくさんの入り組んだできごとの積み重ねの「歴史」があります。私たちが生まれる場所、今いる場所は、必ずどこかの「国」の境界線の中にあるのだけれど、ほんとうは「国」とか「まち」がそれぞれ別個に存在しているはずがありません。行き交う人々が出会っては別れ、影響しあいながらできていく、複雑に入り組んだネットワーク。ひとりひとりのごく個人的な物語を集めてやっと見えて来るのが「歴史」ではないでしょうか。マヤさんのお話を聞きながらそう考えました。

マヤさんの到着から約1日半遅れてヤンヂャさんが合流。在日コリアン3世のヤンヂャさんは現在、地元・大阪と、祖父母の故郷である韓国・済州島と2拠点を行き来しています。身体表現を中心に諸外国での作品発表を続けながら、ゆくゆくは済州島に暮らしとアートの空間を生み出そうと考えているヤンヂャさん。31歳で大きな交通事故に遭い奇跡的に一命をとりとめたのをきっかけに、自分の身体に向き合って生きることの大切さに気づき、ダンスやボディワークに、より深く取り組むようになったそうです。
今回の企画のためにマヤさんを私に紹介してくれたのもヤンヂャさんです。「音」担当のマヤさん、「色」担当のイシワタ、「からだ」担当のヤンヂャさんの3人が揃うやいなや、天気がよいうちにと映像作品の撮影へと急ぎました。私がいちばん好きな山奥スポットである金光寺の住職に事前に許可をいただき、大自然の中で実験パフォーマンスを撮影していきました。観客のいない、自分たちだけのための遊びと実験を共有する時間。この貴重な時間がこの後の怒涛の数日間の土台を作ってくれると共に、前途多難にも思われる「山山アートセンター」に優しく「YES」を言ってくれるようでした。

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写真02 三岳山登山口付近の金光寺境内にて。左から「からだ」担当のヤンヂャさん、「音」担当のマヤさん、「色」担当のイシワタ(撮影:MaYa Sinji Jung)

翌日は福知山市街地にある福祉会館での「肢体障害者のつどい」(主催:福知山市社会福祉協議会)にてワークショップ、FM丹波のラジオ生放送に出演、山奥に戻って三岳会館にて即興パフォーマンス公演。最終日は市街地の子育て支援NPOでのワークショップ「親子でからだを動かそう」(共催:NPO法人おひさまと風の子サロン)、山奥の三岳会館で韓国料理を作って食べる交流会(※各イベント詳細は後述のタイムテーブルを参照のこと)。ひとつひとつの現場に集まった方々がとてもキラキラした笑顔を向けてくださったこと、個性豊かな面々が不思議なコミュニティを形成し始めたことに感動はひとしおだったのですが、意気込み過ぎた私があれもこれもと詰め込んだスケジュールで周囲を振り回してしまったことに気づきました。

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写真03 イシワタがマヤさん(左)、ヤンヂャさん(右)を描いた食器。ワークショップ「幸せになる食器」にて(肢体障害者のつどい/主催:福知山市社会福祉協議会)

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写真04 即興パフォーマンスには赤ちゃんたちものびのびと乱入。イベントをきっかけに 「いろいろやってみる部」の仲間が増えてゆく。
「雑多でつかみどころのない、まるで粘土のようなコミュニティ」とは、生後10ヶ月Sくんの母親で新入部員の球体アイさん。陶芸家でもあるアイさんならではのコメント

反省するさなかで、自分がそもそも「この地で」やろうと思った基本的な動機を忘れてはいけない、つまり「結婚」とか「子育て」という言葉に押しつぶされずに自分なりに向き合うという軸を大事にもういちど今後の活動の方針を整理するべき段階なのだなと思いました。私が今ここに作りたい「山山アートセンター」というのは、関わるひとそれぞれが日常生活に向き合うためのものであると。そう考えると、表面的にはすこぶる「アート」から縁遠く見える福知山市が、あちらこちらに「市民憲章」として掲げている「幸せを生きる」というスローガンを再発見できたことは今回の収穫のひとつでした。駅に到着したばかりのヤンヂャさんが見つけて「幸せ《に》生きる、っていうのは普通だけど、幸せ《を》生きる、っていうのがすごいねえ」ということで、今回のワークショップやパフォーマンスのテーマにも取り入れたこのスローガン。私もこれをすっかり見過ごしているあたり、マヤさんやヤンヂャさんとは違うれっきとした生活者なのです。これから先も、生活者の視点と訪れる人の視点をつなぐ「アート」の場を耕していきたいと思います。

インタビューの中でマヤさんは、「アートであれなんであれ名前はさておき、つながりの中で起きてしまう化学反応がある。何をやっててもいいし何の名前でもいいから、化学反応を起こして、いろんなことをしでかしたり笑ったりすること!名前はあとで誰かがつける。ひとに迷惑をかけてはいけない、なんて言うけど、生きてる限り、誰かに迷惑かけないでできることなんて何もない。迷惑をかけながらやればいいし、そのかわり、あとで誰かがあなたに助けを求めたときにはあなたが助ければいい。特定なひとにもらって特定なひとに返すんじゃなくて、今もらったものをいつかまた別の誰かに返せばいい。誰か、誰か、誰か、誰か・・・がつながってネットワークになる。これは、いつも私を助けてくれた大学時代の先生から学びました。」と語ってくれました。
「日本の《一筋なところ》に対抗できるのが韓国の《雑なところ》。日本留学中に学んだ《一筋》を大事にしながらも、わざと《雑》な技や考え方でゆっくり長く活動を続けたいと思っている」と話してくれたマヤさん。わざと雑に、という考え方は私にも、そして山奥の環境にも合っている気がします。マヤさんもヤンヂャさんも「協力してくれるひともたくさんいるし、活動に必要なものは全部揃っているから大丈夫。あとは無理をせず、家族を大切にね」と口々に励ましてくれました。自分にできることとできないことの区別をつけること。既に周囲にいるたくさんの素敵なひとたちと役割を分担して支え合うこと。そうやって、関わるひとそれぞれの日常生活を何よりも大事にしながら、ここで生まれつつあるできごとをじっくり育てていきたいと思います。

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写真05 12月7日付両丹日日新聞の一面記事。福知山市内のニュースに絞った記事を展開しており、市民の間の購読率がかなり高い。告知記事も一面に載ったため幅広い層の方に興味を持っていただくきっかけとなった。音・色・からだの3人と一緒に写っているのは山奥生活仲間、「雲の原っぱ社」の美奈ちゃんと綾ちゃん

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写真06 三岳山登山口付近の金光寺境内からの景色(撮影:MaYa Sinji Jung)

マヤ・シンジ・ジョンさんインタビュー音源、「このあたりのラジオ(2015年12月1日収録)」を是非お聞きください!(聞き手:イシワタマリ、吉田美奈子)


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<タイムテーブル>
◎2015年11月30日(月) 
17:00
◆マヤ・シンジ・ジョン氏到着【市街地】
◆車で30分、宿泊先「雲の原っぱ社」にて夕飯【山奥】

◎2015年12月1日(火) 
09:00-17:00
◆「このあたりのしんぶん」を折る作業、「このあたりのラジオ」収録
(イシワタ謎の急性胃腸炎)

◎2015年12月2日(水) 
11:30-
◆ヤンヂャ氏到着【市街地・駅】
12:00-15:30
◆野外でのパフォーマンス映像撮影【山奥・金光寺】
16:00-17:00
◆「わがやカフェ」を見学【山奥・雲原水車広場】

◎2015年12月3日(木) 
10:00-12:00
◆「肢体障害者のつどい」の中でワークショップ「幸せになる食器」(主催:福知山市社会福祉協議会)・・・福知山の市民憲章「幸せを生きる」というスローガンから着想を得たテーマに。食器を持ってからだを動かすエクササイズのあと、らくやきマーカーを使って思い思いに食器の絵付けを行い、最後にはアコーディオンの音に合わせた歌声喫茶で大合唱。【市街地・福祉会館】
12:30-14:00
◆ラジオ番組出演【市街地・FM丹波放送局】
17:00-19:00
◆即興パフォーマンス公演・・・乳幼児〜高齢者まで15名が来場。アコーディオン、ダンス、襖絵ライブペインティングの即興コラボレーションに、来場者への「幸せを生きるために何をしますか?」という質問やリクエスト曲での合唱などで和やかな雰囲気になりました。【山奥・三岳会館】
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写真07 「雲の原っぱ社」美奈ちゃんと、彼女が雲原地域に住み込むきっかけになったという「ひとめ惚れ」の相手、洋一つぁん
パフォーマンス中に転がり出てきた毛糸で仲良く遊んでいる

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写真08  今回恒例となった「山山民族衣装」をパッと着こなしてくれた洋一つぁん

◎2015年12月4日(金) 
10:30-11:30
◆親子でからだを動かすワークショップ(共催:NPO法人おひさまと風の子サロン)・・・0〜2歳児の親子10組参加。タゴールの詩「あかちゃんのやりかた」の朗読から始まり、親が子をリードするのではなく10人のあかちゃん先生から10人の大人たちが学ぶ1時間にしよう、という提言のもとにアコーディオン演奏や色とりどりの布の中でからだを動かす。親が子をリードしない、ということは母親たちにとって思いのほか難しい。【市街地・おひさまと風の子サロン】
12:00-13:30
◆食材の買い出し、ランチ【山奥・大江山鬼そば屋】
14:00-19:00
◆済州島料理をつくって食べる会・・・毎週金曜日に行っている「やまやま休憩室」の一環として、来場者と一緒に韓国料理を作って食べながらの交流会。子どもたちがハイハイ&走りまわったり、レコードを集めている方が秘蔵の韓国レコードをかけてくれたり、定年退職後に韓国語を勉強しているという方、韓国料理を初めて食べるという方・・・、半径5分〜1時間圏内のあちらこちらから個性豊かな老若男女20名ほどが参加。メニューは済州島料理のピントゥック(そば粉のクレープで大根を包んだもの)、チジミ、チャプチェ(春雨の五目和え)、さつまいもごはん、大根の浅漬け、そしてサムゲタン。【山奥・三岳会館】

◎2015年12月5日(土) 
◆マヤ氏、済州島へ
◆ヤンヂャ氏、京都市へ


<執筆者プロフィール>
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イシワタマリ ISHIWATA Mari
美術家。1983年横浜生まれ、京都府福知山在住。 慶應義塾大学文学部(社会学専攻)で「スピリチュアリティにまつわる社会学」を、セツモードセミナー夜間部美術科で絵画を学んだのち、2008年BilbaoArte基金の助成金を得てスペイン北部バスクに1年間レジデンス滞在。2009年ドイツ・ベルリンのWIRギャラリーで発足した「イシワタビエンナーレ」は、アートスペース・イシワタ邸の運営(2011年・横浜)、冊子「ちとせ」の発行(2013年・大阪)、「いろいろやってみる部」と「山山アートセンター」の立ち上げ(2015年・福知山)、と「2年に1度どこかで何かやる」ことだけをルールに土地を移動しながら展開。趣味はもがくことと異文化交流。