レポート RSS

レポート 2015.09.13

2015交流支援プログラム レポート06 たてじまアートプロジェクト実行委員会→中山自然美術館

2015年、6番目のレポートです。

------------------------
<開催概要データ>
[企画名]高校生傀儡がゆく~アーティスト林僚児さんとゆく・人形あやつりのみち~
[実施日]2015年8月28日(金)~30日(日)
[招聘者]中山自然美術館実行委員会【香川県小豆郡小豆島】
[訪問者]たてじまアートプロジェクト実行委員会【兵庫県西宮市】
浅野吉英、宇高洋子、津田郁子、米須舞子。たてじまアートプロジェクト実行メンバーである西宮今津高校の授業「今津プロデュース」のメンバー5名、西宮で失われた伝統芸能「えびすかき」を復活させる活動をされている西宮えびす座の武地秀実さん、松田恵司さんも同行した。

================================================
<レポート>

計画の概要
たてじまアートプロジェクトのAAF企画とAAF交流支援プログラムを同時に進行する2泊3日の計画である。交流支援プログラムは、8月29日、30日小豆島での中山自然美術館との交流を柱にしているが、AAFのネットワークを生かし、28日、29日には、淡路島アートセンターとの交流も同時に行っている。
また、たてじまアートプロジェクト2015の企画『高校生傀儡(くぐつ)がゆく~アーティスト林僚児さんとゆく・人形あやつりのみち~』では、淡路島アートセンター、中山自然美術館のみなさんのご支援とご協力によって実施することができた。

01西宮神社.jpg
西宮神社百大夫神社前でお祓い

02西宮神社.jpg
西宮神社百大夫神社前で創作えびすかき奉納

西宮神社百大夫神社から始まる旅
旅の始まりは、人形あやつり芸能の神様として祀られている西宮神社の百大夫神社前でえびすさまの魂を入れかつ、旅の成功のお祓いを授けていただき、高校生による創作えびすかき「それゆけ七福神レンジャー」を奉納する。

旅の目的
 芸能は、どのようにして誕生したのだろう? また、傀儡師と呼ばれる人はどのような人であったのか。芸能が現代においても力を持つとすれば何が大切な表現要素となるのか。高校生が傀儡師になり旅で巡業することの意味は何か? 答えはわからない。
これからの傀儡の旅の中で、高校生が5回創作えびすかきを披露する。芸能の起源に思いを巡らせ、体験し、気づき、一人一人の心の奥深い中から引き出すものがあることを期待し、旅の中でおこったことから考えをめぐらせまとめてゆこう。そんな思いに包まれながら高校生が大道芸の旅芸人となって旅する時間を過ごしたい。メンバーが一人足りなかったので、私(浅野)も黒子となってヒルコを演じることになるのだから。1回1回上演を重ねる中で、アーティスト林僚児さんから狸界からのアドバイスもあったりすれば、作・演出・出演を兼ねた高校生メンバーの意識の何かが変容、深化してゆくに違いない。旅の中で、何かが変わり、深く底に漂うものを引き上げたい。

「えびすかき」とはどのような芸能か?
西宮発祥と言われる「人形あやつり」芸能の「えびすかき」は、蛭子大神を祭る西宮神社のえびす信仰を普及する芸能として発達する。芸能を担った傀儡師は、西宮神社北に隣接する産所(散所)町に平安後期より住んでおり、西宮神社に仕えながら全国を巡業していた。首からぶら下げた箱の中にえびすの人形を一人であやつる芸能「えびすかき」は、室町後期に最盛期を迎える。その後、京都で人形浄瑠璃が生まれ、芸能文化としての人形あやつりは大阪の文楽として劇場表現として洗練され、また、全国を小屋掛芝居として巡業する淡路の人形浄瑠璃へと発展してゆく。
西宮のえびすかきは、近隣での公演を中心に行っていたこともあり、江戸時代後期の天保には衰退し、傀儡師たちも四散し、明治中期の公演を最後に途絶えてしまう。産所町に祭られていた百大夫神社は西宮神社に移され、現在では西宮神社北の傀儡師の像に当時の面影をしのぶことしかできない。当時残された文献や徳島の箱回し、淡路のえびす舞などを参考に当時に上演された「えびすかき」を再現しようと試みているのが、同行した武地秀実さんの主宰する西宮えびす座の「えびすかき」である。

西宮今津高校授業「今津プロデュース」での「創作えびすかき」の取り組み
たてじまアートプロジェクトでは、高校生による創作えびすかきに取り組んできた。現代のアニメ・オタク文化を象徴する1/8美少女フィギュアを使った純愛物語を題材としたものである。中世の傀儡師たちが持っていた穢れを清める「カミと福」といった異能性をイメージさせる創作からは、ほど遠いものであった。異能は、折口信夫が芸能研究の中で発見した「あの世とこの世とをつなぐ「翁」のような仕掛け」であったり、祭りの「マレビト」にあたるものでもあろう。これは、奥深い。
高校生の力だけでは答えは出ない。足りない要素を現代アートの発想で埋めることはできないだろうか、と、アーティストの林僚児さんに創作段階から入っていただいた。創作えびすかきの物語を構想する初回の授業では、林さんが狸の姿で、かつ異界の狸のメッセージで高校生たちと対話しながら、お狸様の力を借りて人智を超えた物語を構想しようとするところからスタートした。さらに、2泊3日の旅に同行してもらい、旅の中で創作えびすかきが、林さんの発想と混ざり合い、変化、変容、深化してゆくことを期待し、旅に出る。

淡路人形座の人形浄瑠璃を観る
創作えびすかきは、大道芸として披露される路上パフォーマンスでもある。路上パフォーマンスの始め方にパフォーマーの熟練の度合いが反映される。熟練のパフォーマーは、通行人の足を止め、見たくなる期待感を徐々に高めて、人だかりができるように自然に導いてゆく。私たちには、そのような熟練の技がない。そこで、拍子木を打ち鳴らし、口上を述べて創作えびすかきを始める。「とざい東西......」から始めるのだが、これをどのように言うのか、全くイメージのない高校生の口上のリズムは新鮮である。それもいい、けれど、人形座ではどのような口上で演目をスタートさせるのか、参考になればそれもいい。「あれは、すぐには真似られないから今のままでいい」というのが担当の高校生の考えだった。

03人形座.jpg
淡路人形座の鑑賞

04人形浄瑠璃資料館.jpg
淡路人形浄瑠璃資料館を見学

05中西館長の話.jpg
館長中西英夫さんからのお話

淡路人形浄瑠璃資料館館長中西英夫さんのお話
淡路人形浄瑠璃資料館の館長中西英夫さんより淡路人形浄瑠璃についてのお話を聞く。傀儡師たちが住んでいた西宮の産所(散所)町と南あわじ市の三条(さんじょう)との鎌倉時代にさかのぼる歴史的なつながりがある。源頼朝が平氏征伐のため西宮の廣田神社に参拝し、見事願いがかない廣田神社に淡路島の現在のみなみ淡路氏三条町の荘園を与えたことから西宮の産所と淡路の三条につながりが生まれる。人形浄瑠璃の誕生には、淡路や西宮の傀儡師たちも関係したけれど、人形浄瑠璃は京都で発明され、大坂で文楽となり劇場型の大衆芸能として定着する。一方、淡路では全国を巡業し、野がけ芝居を興行する人形浄瑠璃として発展し、多数の座が生まれてゆく。このような江戸初期の人形浄瑠璃発生当時の流れをお話していただく。淡路島や徳島の特徴として、正月の門付けで演じる三番叟など、神事としての色合いを強く持っていたことなどのお話だった。

06社務所準備運動.jpg
28日(金)17:00からの上演に備えて、準備運動と発声練習
 
07淡路島アートセンター前で上演.jpg
28日(金)17:00からの淡路島アートセンター前のコモド商店街での大道芸
 
08淡路島アートセンター前えびす座.JPG
28日(金)高校生による創作えびすかきの後に披露されたえびす座の「えびすかき」
(神事の色合い濃く、最後は見物のみなさん一人一人にえびすさまの福を授けてゆく)

ふりかえりトーク 
淡路島アートセンター1Fのスペースをお借りして交流+アフタートーク。高校生たちに「ここは何をしているところだと思う?」という問いかけから初めて、いろいろ答えてもらい、淡路島アートセンターの岩城さんに「おしい!」「ほぼ当たっている」などと答えていただいた。
淡路島アートセンターでは、野村誠 × 淡路瓦のプロジェクトが8月で一段落し、ちょうど淡路島の物産販売や狸グッズの販売などに取り組まれていた。アートセンターに入ってすぐ右手には瓦の打楽器も展示されていて、高校生たちはさかんに打ち鳴らしていた。淡路が瓦づくりの地場産業があること、瓦が楽器になること、瓦の楽器とアーティスト野村誠、バリのガムランという点と点をつなげる企画を淡路アートセンターがプロデュースし、地元とアートをつなげる活動をされていることを学ぶ。
アートNPOの活動を高校生が肌で実感できる時間となった。また、路上パフォーマンス、大道芸、傀儡、高校生傀儡の「それゆけ七福神レンジャー」についての感想を交換し合い、次に向けてのヒントをいっぱいもらう。「劇場や舞台でやるのではなく、何もない路上でやることがおもしろい」との感想もあった。

09淡路島アフタートーク.jpg
淡路島アートセンター内でのふりかえりトーク

淡路島アートセンターでのトークの後、食事をしてお風呂屋さんを済ませた後、洲本八幡神社の社務所で夜の高校生傀儡ミーティングを行う。出発前の前日のリハーサルから比較したら素晴らしい出来栄えになっていた。けれど、黒子とえびすの関係性がよくわからない、という話になる。ならば、黒子のイメージをヒルコとだぶらせて、黒子のヒルコからえびすを産み出す無音場面から始めてはどうか、というアイデアが生まれる。内容の理解が大きく変容するアイデアである。けれど、ヒルコとえびすの関係が説明はないけれど象徴的に受け入れられるイメージである。さっそく翌日朝の洲本八幡神社で上演する。こういう変容が旅の一座のいいところだ。

10洲本八幡奉納.jpg
29日(土)08:20洲本八幡神社 柴衛門狸社
 
黒子のヒルコからえびすがゆっくり生まれる無音イメージを冒頭に入れる(動画リンク)

淡路島から小豆島へ、徳島は残念ながら次の機会に
29日9時前、高校生傀儡の旅の一座は、洲本を離れ、鳴門大橋から四国に渡り高松へ。四国には今も人形浄瑠璃の人形をつくる人形師の方や人形浄瑠璃を民間で支える団体も現役活動中である。淡路の人形浄瑠璃は「人形座」というプロ集団に南あわじ市の中学校の郷土芸能部や三原高校の郷土芸能部の活動が集約されてゆく印象がある。それに対し、徳島の人形あやつり文化は、市民が主体となって運営している要素が濃い。阿波十郎兵衛屋敷などの興味深い場所が数多くある。また、徳島の箱回しを伝承されている方もおり、興味が尽きない。けれど、今回は日程の関係で徳島へは行けなかった。徳島は今後の課題にする。
高松から小豆島池田港にフェリーで渡り、『中山自然美術展2015』を開催している中山地区へ。中山自然美術展を開催している公民館から中山農村歌舞伎舞台までは徒歩3分の距離にある。代表の佐藤準さんにお会いして、15時から予定している中山農村歌舞伎舞台前での上演の準備に入る。15時には雨という予報があり、14時から時間を繰り上げて上演の準備にはいる。中山農村歌舞伎舞台は、毎年10月の第二日曜日あたりに村を上げて開催される現役の舞台である。

20中山農村歌舞伎前での呼び込み.JPG
中山農村歌舞伎舞台前での呼び込み

中山農村歌舞伎舞台前での上演(中山自然美術展の企画にも入れてもらう)
14時からの上演に向けて、13時半より中山歌舞伎舞台前で呼び込みをする。中山農村歌舞伎舞台周辺に広がる千枚棚と呼ばれる美しい棚田を目当てにたくさんの観光客の姿が見えるが、呼び込みでお客様を入れることの難しさも実感することになった。「どうして、呼び込んでもお客さんがこないのやろう?」と高校生はつぶやく。
「そんなもんやねん。観光客のみなさんは、次の予定を立てているから寄り道してもいい、という人は少なく、かつ、高校生の芸を見たいという人はさらに限られるねんからな」
それでも集まってくださった皆さんは約5名。関係者含め観客15名の中、ヒルコからえびすが生まれる無音シーンにつづく高校生傀儡の創作えびすかきを見ていただいた。小豆島バージョンとして、「醤油」「そうめん」「オリーブ」「小豆島の海」などのキーワードもアドリブで盛り込んで行こうという打ち合わせで「小豆島の海で鯛を釣る」「鯛はオリーブ焼きが上手いのう」などのアドリブも出るようになる。

12えびす座.jpg
29日(日)14:00 中山農村歌舞伎舞台前での上演

11中山農村歌舞伎舞台前.jpg
ヒルコの口からえびすが生まれる無音シーン えびす座

車座交流
8月29日夜のミーティングを中山自然美術館実行委員会の佐藤準さん、佐々木紘子さん、寺井茉莉子さんを交えて行う。AAF交流支援プログラムの活動である。中山自然美術展がどのようにして生まれたのか。高校生たちが、アートプロジェクトが行われている現場に行き、運営の中心のみなさんに出会い、交流からさまざまな気づきが生まれる濃厚な時間となる。

13マルセ車座交流.jpg
車座交流会

亘さんとの出会いから中山自然美術展のプロジェクトが始まる
小豆島では、2010年の瀬戸内国際芸術祭で、島の皆さんが「アート」について日常の話題にするようになり、お年寄りも気軽に「アート」という言葉を使うようになっていった。佐藤さんもあんたのアートはどんなんや? と中山地区のおじいさんに尋ねられたりした。ここ中山地区には、ワン・ウェンチー(王文志)の「小豆島の光」が棚田の一角に出現し、「アート」が身近な存在になったという。
虫好きの佐藤さんが虫を追いかけやってきた場所がここ中山地区である。佐藤さんと中山地区との出会いは昆虫に始まる。ここで虫仙人のような謎のお年寄りに怒られたことが、佐藤さんとここ中山地区とをつなげた。佐藤さんが虫を採っているのに激怒したのは、虫仙人の亘和彦さんだ。亘さんは、奥中山地区で川を清掃し、蛍を増やす活動を一人で30年続けてこられた方である。また、この地区にかつて生息し、何十年も前に絶滅した「おおむらさき」への思いから「おおむらさき」の巨大な飼育ハウスも自ら作った。亘和彦は、自然が失われ、川が汚れ、虫たちが姿を消してゆくことに自らの身体の痛みに近い感覚を持つ方である。その亘さんとの出会いから、中山自然美術展を2011年から開催することになった。と佐藤さん。
林僚児さんは、亘さんにアーティストと同じ特性を感じると言う。亘さんは地域の人にいくら変人扱いをされても30年間、川の清掃を上流から下流までやってしまう。横槍もあったそうだ。でも亘さんはやめなかった。山にも問題があることを杉やヒノキを植林した当初から感じていた。かつて生えていたブナなどの広葉樹が激減したことが「オオムラサキ」の絶滅につながり、川や海が痩せてくることに気づいていた。川の清掃を始めて30年、今や川には蛍が自生するようになり、「この6月も島の子どもたちがバスに乗って4,000人近くやってきたんや。どない思う?」と顔をほころばす亘さん。
佐藤さんは、高校生に美術を教えている。高校生のツボも知っている。そのせいか、ミーティングでは、今回の「人形あやつりの道」に参加した思いや、準備の工夫から進路の話まで広がっていった。「自分は、えびすかきの演出と音響を担当している。今までにないよいものにしようと準備してきた。音を出すのにスマホ1台では足りないからユイのを借りて2台にしたらうまくいっている」など。そうだったんや。
小豆島は歌舞伎が盛んで、江戸時代の最盛期には30の農村歌舞伎舞台があった。海で生きる島人にとって歌舞伎や人形浄瑠璃で使われる義大夫語りは、船乗り必修の標準言語だったようだ。江戸時代には、地方の方言は強烈で、何を話しているのか解らなかったために通称の標準語として義大夫や能の言葉が標準語として使われていたという。能語りか義大夫語りか。この二つの言葉が当時の商売には欠かせない船乗りの教養であった。だから30もの農村歌舞伎舞台が小豆島にはあった、と平田オリザが7月に劇団ままごとの「わが星」の公演終了後のアフタートークで話していた。淡路島も事情は同じであろう。小豆島は、現在も、中山地区や土庄地区には現役の農村歌舞伎舞台があり互いの演目を意識してライバル関係にあるという。
また、小豆島には木偶(でく)人形による芸能もあるそうで、林僚児さんはいち早くチェックしていた。

21小豆島の木偶芝居.jpg
小豆島の木偶芝居

人形浄瑠璃派か歌舞伎派か? 高校生にとってわかりやすくするために、進撃の巨人をアニメで見るのがいいか、実写の映画で見るのがいいか、という例を出してみる。木偶人形が道頓堀のくいだおれ人形になり、人形がマンガになり、マンガがアニメとして動く動画になる。5人の高校生は皆「アニメ派」、つまり人形浄瑠璃派だった。
 
14佐藤林亘.jpg
左より佐藤準さん、林僚児さん、亘和彦さん
 
15奥中山.jpg
30日(日)11:00 奥中山エリアでの上演後の記念写真
 
30日最終日は、『中山自然美術展2015』の会期最終日でもある。中山自然美術館長を務める奥中山在住の亘和彦さんをはじめ、10名強のご近所のみなさんに高校生の創作えびすかきをみていただく。
終了後、亘さんとお友達が「そういえば、60年前に正月に来てたわ。えべっさんの人形を左手に、右手に鯛を抱えた人が、一軒一軒うちらの家にまわっとたわ。めでたいな、言うとったわ」と、60年前の記憶を思い出されたようで、小豆島とえびすとのつながりを実感する。「徳島の箱回しをされている方ですかね?」と尋ねると「いやー、広島の方から言うとった気がするなー」と亘さん。これは、私たちにとっても貴重なお話だった。
高校生、たてじま実行委員会メンバーは、上演終了後は、中山自然美術展の作品を鑑賞する。その間、奥中山のみなさんと佐藤さんとは車座になって今後の中山自然美術展をどのように発展させてゆくかについて熱い話し合いをされている。中山地区の良さをアートでどのように発信してゆくのか。来年に向けての話し合いはいつまでも続くようだった。

16佐藤さん作品.jpg
奥は、佐藤準さんの作品『生きていた(もの)の壁』
 
高校生傀儡がゆく~人形あやつりの道~・交流支援プログラムを終えて
中山自然美術展実行委員会、淡路島アートセンターのみなさんとの交流と、『たてじまアートプロジェクト2015~高校生傀儡がゆく、人形あやつりのみち~』、その3つを兼ねた今回の旅は、AAFネットワークの役割を実感できた旅でもあった。ネットワークはこのように企画につながってゆく。
折口信夫の言葉に「貴種流離」ということばがある。古代より精霊と世俗をつなぐ存在として尊い役割を務めてきたであろう芸能の民が寺社の力が強まる時代の流れの中で、流浪することとなったとする考え方である。傀儡師と呼ばれた人々もこのような人々であったと思われる。旅の始まりには「えびすかき」をカミを呼び起こす芸能と理解していたが、林さんと共に旅する中で、芸能はさらに古層にある精霊を引き寄せるものだと実感する。旅をすることで得たものは何か?
教師と生徒の関係は、引率と引率される者と思われがちであるが、今回のように教師も黒子役を担い旅に出ると同じ旅芸人仲間になる。旅が終わると一緒に演じた生徒と同志のような意識が生まれてしまうのだった。この連帯感は何なんだろう?
また、高校生が創作した軽いタッチの「それゆけ七福神レンジャー」の中に登場した黒子がしだいに「黒子=ヒルコ」と理解された。「ヒルコ」と「えびす」の関係をはっきりさせるために途中から黒子ヒルコの口からえびすを生み出し傀儡師がえびすを受け取る無音シーンからスタートする展開となる。この変容は「ヒルコ」に隠された何かに出会いたい願望が集約しておこったことだ。旅をして、繰り返し同じ演目を演じなければ変容しないものだ。「ヒルコ」のイメージは私たちの心の底に漂う古代に形成されたブヨブヨした心の層なのではないだろうか? そこには、私たちの記憶としては忘れてしまった縄文的な精霊がうごめいていて、現代人との通路を拓く「翁」に通じる芸能の発明を待っているのかもしれない。
現代人の感性に風穴を開ける表現をどのように創り、私たちの心の古層にある精霊を呼び覚ますことができるのか? というとてつもない問いはますます深まった。また、芸は磨かなければ納得のいく表現にならないと思う反面、上質な様式に向かうのではなく、古代の起源に回帰してゆく源流を手繰り寄せる表現として磨かなければならないと思う。
高校生たちの感想は、「こんな経験は、並の高校ではありえんな」というものが多かった。旅が終わり二日後には9月1日の始業式が始まり「まだ、身体が重いです」と、話していた生徒が1週間経って「今ようやく筋肉痛です」と話していた。まだモヤモヤがいっぱい残っている様子だった。折口信夫の「マレビト」論や「芸能」の考えを見せて、モヤモヤに一筋の理解の道筋をつけてあげたいと考えている。

------------------------
<タイムテーブル>
交流日程及び、高校生による創作えびすかき『それゆけ七福神レンジャー』、えびす座の上演計画
◎2015年8月28日(金)
09:00 西宮今津高校正門ロータリー前集合 荷物を積み込む
    〒663-8154 兵庫県西宮市浜甲子園4丁目1-5
09:10 吉川交通小型バス(24人乗り)バス出発 傀儡奉納の準備
09:25 西宮神社到着 下車、百大夫神社前へ移動
    〒662-0974 兵庫県西宮市社家町1-17
09:30 旅の安全、えびすの福を授けていただく。西宮神社宮司より祈祷。創作えびすかき奉納
10:00 バス発車
    高速阪神 バスの中で、奉納した創作えびすかきの改善点などを話し合う
    明石大橋
11:20 淡路IC 休憩 昼食
    三原IC降
12:50 淡路人形座着
13:00 淡路人形座鑑賞 夷舞、
    〒656-0501 兵庫県南あわじ市福良甲1528-1
14:20 人形浄瑠璃博物館見学 中西英夫館長のお話を聞く
    〒656-0475 南あわじ市市三条880(三原図書館2階)
15:00 洲本八幡神社到着 荷物社務所へ 傀儡練習
    〒656-0024 兵庫県洲本市山手2丁目1-10
16:00 準備、移動、商店街でのリハーサル
17:00 淡路アートセンター前の商店街で高校生傀儡の披露
    社務所へもどり更衣をして淡路島アートセンターへ
18:30 淡路島アートセンター1F 交流と今日の商店街大道芸をふりかえって
    林僚児さん、岩城良平さん、淡路島アートセンターのみなさん、高校生5名、えびす座の武地秀実さん、
    松田恵司さん、津田郁子、米須舞子、浅野吉英による振り返りトーク
19:30 近くのお好み屋さんで夕食、宿舎、お風呂屋さん 
22:00 ミーティング 練習
23:00 洲本八幡社務所泊 就寝
◎2015年8月29日(金)
06:00 起床
    洲本の狸めぐり散歩、自由時間(近くの喫茶店でモーニングで朝食)
08:20 洲本八幡神社にえびすかき奉納
    荷物の整理、昼食購入
08:50 バス洲本発
10:00 屋島ICで休憩
11:10 高松で国際フェリー(サンポート)、フェリーで小豆島へ
    〒760-0019 香川県高松市サンポート8−22 
12:10 池田着
12:40 中山農村歌舞伎舞台着、バス
    〒761-4303香川県小豆郡小豆島町中山 中山農村歌舞伎舞台
    中山地区へ、農村歌舞伎舞台前で呼び込み
14:00 中山農村歌舞伎舞台にて 創作えびすかき上演①
    雨のため、中山自然美術館と交流は夜の民宿に
    自由時間
17:00 民宿マルセ 泊
    〒761-4104洲香川県小豆島土庄町甲5978
20:00 中山自然美術館の佐藤準さん、寺井茉莉子さん、佐々木紘子さん、
    高校生5名、林僚児さん含むたてじまメンバー11名による車座交流トーク
◎2015年8月30日(日)
07:00 起床、朝食、移動
    農村歌舞伎舞台見学
11:00 中山自然美術館 上演②
    中山自然美術館自由散策、交流
12:00 昼食
14:00 移動、池田港、林僚児さんはここで別れ徳島へ行く。
15:45 坂手よりジャンボフェリー乗船
19:00 神戸港着(第三突堤)
    車で移動
19:20 三宮解散

------------------------
<執筆者プロフィール>
17asano.jpg
浅野吉英 ASANO Yoshihide
1959年大阪生まれ。2011年より西宮甲子園で授業「今津プロデュース」で高校生によるアートプロジェクト「たてじまアートプロジェクト」を始める。2012年、2014年、2015年AAF参加。現在兵庫県立西宮今津高等学校美術科教諭

たてじまアートプロジェクト実行委員会
https://www.facebook.com/tatejimaart