コラム RSS

コラム 2015.04.20

#46 藤田知丈(暮らシフト研究所)


サラリーマンになるのとほぼ同時期に、結婚して子どもができた。その頃からだろうか、現在の消費大国ニッポンの姿をとてもおぞましく感じるようになり、持続可能な循環型の暮らしが当たり前の社会に変えられないものか、と思うようになった。琵琶湖のほとりの滋賀県近江八幡市を拠に、循環型エコ・コミュニティの新たな創造を試みた「小舟木エコ村」のビジョンづくりや、「永源寺スギファンクラブ」・「風土木の家」等の活動へとつながった、地元の木材を地元で循環させる流通・交流のしくみづくり、地元の放置竹林の竹を間伐して竹染・竹紙・竹細工・竹粉肥料・竹自転車などに楽しく再生活用する「八幡酒蔵工房」などの取り組みに、微力ながら関わってきた。
 
AAFでお世話になった農村再生ドキュメンタリー映画「ほんがら」や市民制作映画「結い魂」の撮影現場では、地域のお年寄りたちが語るそれぞれの地域本来のすばらしい個性の輝きと、一方で、それらの多くが簡略化や消滅の一途を辿ることを余儀なくされている現実を目の当たりにした。
 
持続可能社会実現への願いは、「311」以降、私の中でさらに切迫し、紆余曲折を経て、2014年4月に、霊峰・伊吹山の麓、琵琶湖水源の姉川源流の山村に移住し、茅葺き古民家での半農半X生活を始めた。かつては衣食住を自給し、エネルギー(炭や薪)を"輸出"して生業を築いていた中山間地域は、原発にも石油にも頼らない持続可能な循環型社会実現へのポテンシャルを秘めた、これからの時代のフロンティア。高齢化率45%と超少子高齢化が進み、限界集落一歩手前の現状は、近い将来、都市も含めた全国各所で起きる現象を一歩先取りしている、とも言える。
 
引っ越してからちょうど1年。実際に住んでみて分かったことが、たくさんある。

四季の変化に富み、ほぼ週替りで異なる山菜や景色を愉しめる。春は色とりどりの花に囲まれ、夏は冷房要らず、秋は紅葉や田畑の実りに恵まれ、冬は積雪と厳しい寒さはあるものの、それを楽しむ工夫や文化も存在する。茅葺きの古民家と棚田が織りなす文化的景観、多様な動植物と身近にふれあえる生態系、奥深い森がもたらす清らかで豊かな水の恵みに包まれた、まさしく「癒やしの里」である。

tomotake_01.jpg
春 自宅の庭にて

tomotake_02.jpg
秋 自宅近くのダム湖の紅葉

そこに住んでいる人たちもまた、素朴で親しみやすい。皆、自分の田んぼ・畑・山をもち、八十代のおばあちゃんたちも元気に畑に通っている。道普請などの結いのしくみもしっかり残っている。ただ一点、自分たちが暮らす地域への過剰な自虐的意識(フベン、ナニモナイ、イナカクサイ、ミリョクガナイ...)だけが気になった。引っ越した当時、会う人会う人に「なんで、よりによってこんな(へんぴな)とこに来たんや?」と尋ねられた。私としては、逆に「なんで、こんな(魅力的な)とこに、誰も住みたがらないの?」と聞きたいぐらいなのだが。

今、私が住んでいる曲谷(まがたに)集落の現在の世帯数は25軒ほどで、その約半数はお年寄りだけの世帯。周りには空き家が目立ち、集落に子どもたちの遊ぶ声が響くことはない。今年2月、湖北地域の各集落に伝わる伝統行事「オコナイ」に参加したが、担い手があまりに少なく、高齢者がほとんどであることから、昔は行われていた餅つき、繭玉づくり、裃(かみしも)を来ての行列など、個性的なオモシロイ要素はことごとく省略・簡略化されて、供え物一式を買ってきて神社にお供えするだけの、なんともツマラナイおまつりになってしまっていた。担い手不足の実情から、祭を存続させるためには簡略化するしかなかった、と地元の皆さんはおっしゃる。もちろん、他ではすでにオコナイ自体が消滅してしまっている集落も少なくないことを鑑みれば、今も存続しているだけでも立派なことであるのは間違いない。しかし、祭を絶やさないためにと簡略化すればするほど、祭は魅力をなくし、祭への住民の誇りも衰え、その結果、若者の祭離れが進み、ますます担い手がいなくなる、という悪循環に陥ってしまっている。

tomotake_03.jpg
「オコナイ」の舞台 白山神社

これと全く同じ図式が、映画「ほんがら」にも如実に現れている。若者の祭離れが進み、祭の存続が危ぶまれる状況を救ったのは、50年前に簡略化されて途絶えてしまっていた、手間と人手のかかる「ほんがら松明」の復活だった。「ほんがら」に誇りを感じ、「ほんがら」を楽しみたいという思いが、祭に対する若者たちのモチベーションを一変させ、ほんがら松明復活から8年目となる今年も、祭はしっかり地に足をつけて続いている。

tomotake_04.jpg
ほんがら松明

話を曲谷集落に戻す。実は、ここ数年の間に、明るいニュースもあった。曲谷集落を含む東草野地域が「国の重要文化的景観」に選定された。地元の皆さんが「ナニモナイ、ミリョクガナイ」と思い込んでいたこの地域の日常が、生きた文化財として国から認められたのである。こうした外部からの客観的評価を、住民の自信につなげていかなければならない。

また、総務省の「地域おこし協力隊」制度を利用して、3~4年前にこの地に数名の若者が移住してきた。彼らが中心となって、「伊吹の天窓」という素敵なフェスティバルが始まった。若手のアーティストやクリエイターが多数参画し、地域の魅力をうまく活かしたユニークな表現が評価され、アクセスの悪い山間部での夜間開催にも関わらず、1日で1,500人を集客する人気イベントに急成長している。まだ地域住民を十分に巻き込めていないなどの課題もあるが、少なくとも、この地の魅力を対外的に発信し、外部からの評価を高める効果は十分に発揮している。

tomotake_05.jpg
伊吹の天窓

地域おこし協力隊の一人・早川鉄兵さんは、この地へ赴任してから自らの切り絵の才能を見出し、今や滋賀県を代表する創作切り絵作家として、この東草野地域で見られる動植物をモチーフとした作品づくりを通じて、地域の魅力発信をし続けている。

tomotake_06.jpg
早川鉄兵さんの作品

その早川さんを含む2組の協力隊の家族に、昨年暮れに相次いで赤ちゃんが誕生した。この子たちの成長とともに、現在子どもがおらず休校となっている地元の東草野小中学校が再開されるぐらいに、子連れの若者たちがこの地に移住やUターンをしてきてくれるような、魅力的な地域づくりをしていきたい。そのためにも、地域住民が誇りに感じられるような「祭」の存在は、伝統的な祭事であれ、現代的なフェスティバルであれ、現代の若者をも惹きつける地域コミュニティ再構築の"要"として必要不可欠である、と信じている。


tomotake_profile.jpg
藤田知丈 FUJITA Tomotake
1972年島根県生まれ。学生時代に琵琶湖の環境保全活動に関わったのを機に滋賀県に定住。2006年に地域プロデューサー集団「ひょうたんからKO-MA」を結成。時を同じくして近江八幡市立マルチメディアセンター長に就任(指定管理者)。2007年から4年間AAFに参加し、映画監督の原一男氏・長岡野亜氏らの協力を得て、地域映画「タイムカプセル・アドベンチャー」「ほんがら」「結い魂(ゆいごん)」を製作。その後脱サラして2014年に滋賀県米原市奥伊吹の中山間地へ移住し、「暮らシフト研究所」を設立。現在に至る。