コラム RSS

コラム 2015.02.20

#44 鄭慶一(枝光本町商店街アイアンシアター)


みなさんこんにちは。
枝光本町商店街アイアンシアターの鄭慶一(ちょん・きょんいる)です。
ほとんどの方々が初めましてだと思います。
よろしくお願いいたします。

はじめに僕は「地域」という言葉があまり好きではありません。
ですが今回は便宜的にこの言葉を多用いたします。

少しだけ活動を除いた自己紹介をいたします。
名前から推察していただける通り、僕は日本人ではありません。
在日韓国人です。
僕自身は4世で曽祖父の代に日本に渡ってきました。
在日の文化ってのはとっても面白くて、今では同年代の韓国人が気にしないようなことも礼儀作法として根付いて残っています。
大学から日本の社会に出て、同級生が先輩の前でタバコを吸い、酒を飲む姿を見て、こいつらは気が触れているのだと衝撃を受けました。
近頃は韓国の方もあまり気にされないようで、タバコや酒を飲むときの作法も気にするな、と年上の方に先に言われたりします。
そのため近頃は「日本の方の前では気にせず、韓国の方の前ではほどほどに気にし、在日の前では言ってもらえるまで何もしない」というように使い分けています。
僕の父はとても顔が広く、僕が幼い頃から周りにはたくさんの大人がいまして、在日・日本問わずいろんな方々にとても可愛がられました。
父が亡くなってから、そういった方々に家族ぐるみで色々助けられまして、なんとなくですが「助けてもらったからにはその人に恥じないように」的なことを考えるようになりました。
そういった人が多すぎるので、自分の活動のフィールドでは必要以上に「失礼のないように」を考えて行動します。(友人関係ではそうではない場合が多いと思います。)

PICT1.jpg
枝光本町商店街

さて、僕が何をしているのかと言いますと、福岡県北九州市八幡東区枝光本町というところで「枝光本町商店街アイアンシアター」という「劇場的」なスペースの運営をしております。
このアイアンシアターは福岡銀行の跡地を再利用し、ダンスや演劇の上演が可能なスペースにコンバージョンしております。
「劇場的」と言うのは、厳密に言うと条例諸々から劇場と呼ぶことができないからです。
ですが現在諸々の認可をいただくための大改装を行なっておりますので、来年度には晴れて「劇場」と呼べるようになっております。
今回はせっかくの機会なので僕が普段活動するに際して考えていることをお話しさせていただきます。

今日本各地で「アート×地域」的なことを掲げて活動されていらっしゃる方々がかなり多くいるように思います。
ここで僕が疑問に思うのは、その方々の考える「地域」はどこからどこまでなんだろう? ということです。
AAFに関わる方々は比較的コアな地域というか、狭い活動範囲を掲げていらっしゃいますのでそんなに気にならないのですが、例えば市区町村でいくと「市」レベルでその名称を使っている人たちはどうお考えなんだろうとお話を聞いてみたいです。

どうしてこんなことを考えているのかと言いますと、僕個人はその地名を掲げる責任があると考えて活動しています。
そうではないと誠意がなさすぎるんじゃないかな、と思っています。
僕はアートプロジェクトなどの活動をすることをその地域に「許されている」と考えています。
そう考えるときに容易に地域の名前は使えませんし、大手を振って地域の代表者かのように振る舞うこともできません。
近頃いろんなところで「はじめにアートありき」でものを考えていたり、プロジェクトが推進されているような気がしてなりません。
アートは社会にとって、とても大切な要素だけれど、あくまでも一部であるとも思うんです。

いけいけドンドンで大きくなっていくアートプロジェクトはどうも時代に合っていないように思えてなりません。
いろんなことを顧みずドンドン大きくなっていって、無理がたたって急速に減退していく。
どこかで見たことあるような構図です。
特にアートプロジェクトの場合、大きくなったからって一般の方々がごっそり取り込めるかというと、そうは思いません。
いま流行りのフラッシュモブを例にとって考えてみたいんですが、もともとはがっつり実力のあるアーティストが突然現れて日常を非日常にしていくってもんだったと思います。
あれってめちゃくちゃ特別な体験ですよね。
でもいまはそうでもなくなっている。だれでも気軽に楽しめるものになっています。
それ自体はいいことだと思います。
でもその「めちゃくちゃ特別な体験」って、やはり自分たちにはできないことをできる人たちがやるからこそ生まれるものだと思います。
大きくなってみんなのものになるとそれが失われていく。
いいことなのかわるいことなのかわからないのですが、僕は少し残念な気がします。
そんで、そういった動きをアートマネジメントする立場の人間が主導して行っていたりすると、この人たちは自分たちの価値を自分たちで下げているのでは? と思ったりします。
もっと言うと、マネジメントする人はお客さんが集まりやすくなるからいいかもしれないが、アーティストはたまったものじゃないのでは? とも思います。

話を戻します。
地域の名前を使うとき必要なことは二点あると考えています。
一つは自分の活動地域がどこまでなのか。
そしてもう一つはその地域に対して自分が誠意を払えるのか。
の二点だと思います。
まず前者ですが、これは自分が責任のとれる範囲です。
地域が大きくなるにつれて責任も大きくなっていきますね。
そして後者の誠意ですが、これは自分の活動地域に対して地名を使う対価をきちんと払えるかどうか、です。
地名ってのは土地の名前です。
日本全国どこにいっても結構歴史が深いもんです。
それ全部を抱える覚悟がないと使ってはならんのでは? と思っていたりします。
ちょっと硬く考えすぎですかね。どうでしょうか。

僕は普段、地域のお手伝いさんのようなことをしています。
もうちょっと厳密に言うと、枝光にある「枝光本町商店街」のお手伝いさんです。
商店街がなにかイベントがしたい時には機材やプログラムや資金の調達、労働力を提供します。
商店街の時計が壊れたらメーカーに修理を依頼したり、若い二代目の慰安旅行を計画したり、ご近所さんのいらないものを引き取ったりその代わりにものをもらったり、八百屋さんがみかんの大口受注を受けたけど置く場所がないからホールにしばらく保存したり。
それが僕の本業です。(あ、一応サラリーマンです。)
そんで僕がダンスやお芝居を使って何かしたいなと衝動的に思った時、「ちょっとこれこれがやりたいんだけど」と相談にいきます。
そうすると「まぁ、アイアンシアターがやりたいんなら」とギリギリ許してもらってます。
そこで初めて地域の名前を使います。

PICT2.JPG
枝光まちなか芸術祭 参加団体「Baobab」のパフォーマンス

PICT3.JPG
枝光まちなか芸術祭参加団体「すんぷちょ」のパフォーマンス

アートは地域に根付くのか? と言われれば根付くものではないと思います。
ですが、確実にアートを取り扱う人間は地域に根付いていってます。
アートが地域に根付くより先に、アートを取り扱う人間が根付く方がいいんじゃないかなと思います。

アートありきで「アートを使ってなんかやるから手伝って!」よりも「◯◯さんがやってるのはアートっていうんだよ」の方が良いのではないか。
その「◯◯さん」はアートどうこう関係なく、地域の一員になっているってのがミソです。
その方が長く続けられると思うし、無理もないんじゃないかな。

やりたいことはみんな持っています。
でもそれをするためには苦労はしなきゃいけないです。
その苦労は自分たちが被る苦労だけではないです。
やりたいことを取り巻くいろんなところが被る苦労も一緒にしないと嘘です。
法規的には問題ないとか条例はクリアしているとか言いだしたらそんな人はもう面白くない人です。
いやもちろん大事ですよ、ルールも、もちろん。
優先順位の話です。

これからアートプロジェクトをとりまく市場はもうちょっと飽和状態が続くでしょう。
そんで縮小せざるを得なくなると思います。
その時きっと残っているのは、きちんと誠意をもって活動している場所か、デカイ資本をぶん回して無理くりやりくりしている場所か、どっちかだと思います。
きっとそういうのはなくならないでしょうね。

僕がとっても尊敬している方がよく言うんです。
これからしばらく社会は引き戦。イケイケドンドンでないなら、いかに殿(しんがり)を綺麗に務めるか。
ひっそりとでも着実に地域の一部になっていく方がずっと素敵です。

地域の名前を使うならきちんと誠意をもって地域と向き合わないと面白くないです。
それは知識だけではなく、そこに生きる人々にキチンと向き合うってことだと思います。
「失礼のないように」ですね。
もちろんぶつかることもありますが、それは失礼ではないです。
むしろ、ぶつかることを面倒だからって無視して後々発覚するほうが失礼ですね。
アートでもなんでもそうだと思います。
それが難しいってことになんとなく気づいているからって無視しちゃいけないです。
てか、難しいからこそ、そこが一番面白いとこです。

そしてきちんと関係を作って、社会の中にあるいろんな面倒なことを、たまたまアートを取り扱ってる且つ地域の中にいる人間がひょいとアートで解決しちゃうってのは、それはそれは快活だろうなぁと考えていたりします。


枝光まちなか芸術祭2014 ダイジェスト


ちょん 宣材.jpg
鄭慶一 Chung Kyung ilu
2013年4月より福岡県北九州市にある「枝光本町商店街アイアンシアター」の運営代表を務める。
『地域にアートは必要か?』をテーマに、様々なアーティストとの共同事業を行う傍ら地域活動にも積極的に参加し、本当に持続可能性のある芸術活動を模索する。
主な主催事業として「枝光まちなか芸術祭」「勝手に来やがれ踊る商店街」「東北days」を手がける。