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コラム 2015.01.20

#43 山田訓子(長者町まちなかアート発展計画)


長者町で暮らすようになり『長者町まちなかアート発展計画』という活動をはじめて5年目を迎えようとしている。20代の頃に「30代になったら自然が多い地域に移り住みたい」と考えていたはずなのに、人生はよくわからない。なぜ現在も名古屋の市街地でビルに囲まれた長者町に住み続けて、活動を続けているのかを少し考えてみる。

私自身、元々は地域とかまちづくりといったものへの関心はあまりなかった。生まれ育った春日井市に対する愛着も特別にない。愛知県を離れてみたい気持ちがあり、大学時代の4年間を京都で過ごした。卒業後就職で愛知県に戻ってきて住んでいた場所についても、通勤の利便性等を優先して部屋を決めていたので、その周辺地域への関心は特に持っていなかったし、集合住宅の隣の住人の顔や名前さえ知らないくらいだった。一人暮らしをしている若い世代の多くが同じような感じだろうと漠然と思っていた。

2010年あいちトリエンナーレが開催されたとき、地下鉄伏見駅前にあるオフィスビルで働いていた。まちなか会場となっていた長者町繊維街が駅のすぐ近くであることを知り、足を運ぶようになった。長者町会場にはトリエンナーレの拠点となるカフェがあって、そこで定期開催される集まりに仕事帰りに参加するようになった。サポーターズクラブは、サッカーのファンをサポーターと呼ぶのと同じく「トリエンナーレを楽しもう。盛り上げよう」というアートファンの集まりのようなもので、その場には、現代アートやパフォーミングアーツに関心を寄せる人たちが多く集まっていた。大学を卒業して愛知に帰ってから、展覧会や公演を観に行く機会も少なくなっていたなかで、刺激的な出会いの場となった。

会期が終わる頃、サポーターズクラブはトリエンナーレの附帯的な事業のため、会期終了後には当然解散という予定になっていることを知った。そのときに、せっかく生まれた、まちの人/サポーター/アーティストとの出会いや交流をこのまま終わらせてしまうことがとてももったいないような気がして、トリエンナーレが終わったあとにも継続させていくことができないものかと漠然と思うようになった。このサポーターズクラブが「長者町まちなかアート発展計画」が発足した元となっている。

同時期に、部屋を紹介してくださる方がいて長者町に住むようにもなり、まちづくりのトークイベントが開催されると知って聞きに行ったことがあった。そこでは、まちの人自身が自分たちのまち、地域をどうしていきたいかということを考えて、意見を交換していた。まちが衰退していっているという危機感と、それをなんとかしたいという強い気持ちを持っている人がいることにとても驚かされた。確かに自分の住んでいる地域をどうしていきたいかは、自分たちで考えてみることは大切なことだ。だが同時に、どうして今までそういったことを考えてみたことがなかったのだろうか? という自身への問いかけが残った。

実際に活動をはじめていくと、会場探しや、作品制作のリサーチや必要な物を集めていくことになり、長者町に住んでいたり、働いていたりする周辺の人の話を伺う機会が生まれた。まちに関わる知り合いも増えて、まちの歴史について少しずつ知っていくと、過去から繋がった先にある現在のまちの様子や暮らしについても関心を持つようになった。

はじめは夏にアートプロジェクトを開催することが中心であった私たちの活動も、まちの状況やメンバーの変化にあわせて変わり続けている。まちのため、まちの人のため、ということで活動をしている訳ではないけれど、美術館などへふだん足を運ばないような人たちも楽しめるような企画を続けていきたい。そうすることで、新たに芸術を楽しむひとが増えるきっかけになったらいい。逆に出展アーティストや作品に興味を持ってやってきた人が、長者町の人と出会うことで、長者町そのものに関心を持つようになったら面白い。さらに言えば、来てくれた人がそれぞれ関わりのあるまちや地域に、少し興味を持つような機会にもなったらよいと思う。

最近は、日常とかけ離れた場所ではなくて、より日常に近いところでの小規模な企画を継続的にやっていけないかと考えている。また、私自身を含め活動しているメンバー全員それぞれ別の仕事をしているので、それぞれの生活とのバランスを保ちながら、自分たちのできる範囲で続けていくことのできる方法を模索している。

プロフィール写真.jpg山田訓子 YAMADA Kuniko
1982年愛知県生まれ。2005年京都造形芸術大学卒業。大学卒業後は地元に戻り、仕事をしながら平凡な日々を過ごしていたが、2010年のあいちトリエンナーレで長者町の存在を知る。2011年軽い気持ちで長者町に住み始め、AAFに参加が決まったことから「長者町まちなかアート発展計画」の活動を始める。