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コラム 2014.11.20

#41 上田假奈代(詩人、NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)


大阪でアートNPOココルームをたちあげ、喫茶店のふりをして12年になる。いまは西成区通称・釜ヶ崎の端っこの商店街で小さな元スナックを喫茶店兼事務所にしている。シャッターにはジャングルとバンビちゃんの絵、大きな看板は伊藤若冲もどき。ときどき扉の前には「釜ヶ崎芸術大学」の看板が立っている。こんな風情に、何やらあやしげな店だといろんな噂が飛びかっているそうで、先日地域の人から「ゲイジュツオバケ」と呼ばれた。人間には楽しみも喜びも悩みも苦しみもあるが、オバケも同様である。

ココルーム半シャッター.JPG
ココルーム玄関

オバケ界においても、オバケのつながりが大事で、オバケの一生におけるさまざまな関わりが大きな影響をあたえる。影響をあたえあっていることを意識しているオバケも、していないオバケもいる。奇跡のようなであいに恵まれるオバケもいれば、嫉妬や被害妄想にかられ事態をややこしくするオバケ、内側にむかう自傷するオバケ、じぶんで考えることをやめ情報に翻弄されるオバケもいる。病気や事故でハンディキャップを持つこともあれば、何かしらの偏りや依存にバランスを失うオバケもいる。昨今は鬱病のオバケも多い。
どの時代のどんな環境に生育するのか、オバケは選ぶことができない。紛争地や経済成長まっただなかの墓場、あるいは平和ボケした沼地、空気のうすい山頂など、あらゆる環境にオバケは生まれる。そこで育まれたことを手がかりに、あるいは深層に眠らせ、オバケはその一生を生々しく変化しつづけて生きることができる。そしてオバケの一生を終える。オバケ界はいつまでつづくかわからないが、いまだつづいている。

さて、ゲイジュツオバケは近年の芸術と社会をめぐる状況のなかで大阪で生まれたオバケだ。日本でいうところの「戦争」体験者が高齢化で亡くなり、高度経済成長を経てバブル崩壊、不況へと社会は変化した。情報化社会となりグローバリゼーションがすすむなかで、新自由主義的な価値と持続可能な社会をもとめる動きがともにある。震災や災害、原発事故があり、格差社会、少子高齢化社会へ突入した。
ゲイジュツオバケはこうした流れのなかで岸辺とも水中ともつかぬぬめぬめした水際で生まれた。名もない草が生え、小さな虫が這いずりまわっている。分別のつかぬいいかげんなせめぎあい。オバケの生息地としては申し分ない。
かくしてゲイジュツオバケはどこに属しているのかあいまいなままに、社会の流れといっしょに流れていった。そこでオバケがみたのは、流れてゆく事象や人々のことだ。

流れながら、ゲイジュツオバケは人々の関心ごとが移ろってゆくのをみつづけてきた。もっとも見ていたのは人々の間の色彩のことだ。
人々が集まって話をしているその話題よりも、人々の間の色合いの変化が興味深かった。人の間の色彩。淡くなったり濃くなったりする。色も変わる。一定の時間を過ごすグループ、職場や家庭、施設、空間、目に見えない何かの区切りなど大小さまざまな規模の連なりが不思議なリズムで色彩を変えてゆく。
その人が何を考えるのかは、まわりの色彩に呼応することが多い。またその人の状態が色彩を変えてゆくこともある。人と色彩は影響しあうことは自明なのに、人々は色彩にたいして無頓着なようにも見える。

ゲイジュツオバケは色彩を最初は見ているのだと思っていた。ところが時間が経つにつれ視覚的だった色彩が、色だけではなく熱量を持ち、時には衝動さえ持つ生きもののように感じはじめた。本来呼吸していない「間」の方が生きているものに思えるなんて。まるでオバケだ。

どちらが生きものなのか。人なのか、「間」なのかを考えている間にも、時間は流れる。色彩は変化する。自分から遠くにある色彩、あまりに色合いの違う感覚や衝動性はどこか別世界のことのように思える。自分とは全く関係ないように認識してしまう。他人事とじぶんごと。その境目をゲイジュツオバケは一心にみつめてしまう。くるんくるんと回転しながら。問う。

ひきつるような感覚。ことばにすることはその感覚をさらに増殖させる。そして、発せられたことばは色彩のなかに移動し沈んでみえなくなる。ときには波紋のように広がり色彩を変えることもある。暴力よりも貧弱なことばが暴力を越え色彩が揺れ動くこともある。痛み。祈り。とりかえしのつかなさの前で。
色彩とことばは不思議な関係をもつ。だからといって不思議が解明されることはない。一文字目がみいだされる喜びもすぐに消える。しかし何時間も何年も歩いて歩きつづけて後ろをふりかえると、一行のことばの魚が色彩の川面で、うろこをきらっと光らせることもあるから。ただくりかえし、くりかえしつづけることをくりかえしことばをさがし、人のあいだに発し、呼び、応えつづける。



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上田假奈代 Ueda Kanayo
1969年生まれ。3歳より詩作、17歳から朗読、20代から勝手な詩の活動をつづける。01年詩業家宣言を行い、03年大阪市の新世界AP事業としてフェスティバルゲートでココルームをたちあげ社会と表現の関わりをさぐる。08年より西成区(釜ヶ崎)へ拠点を移す。現在も喫茶店のふりをしている。AAFには06年から新世界APで参加し、以降はおもしろい人たちにであいたくて参加つづけている。NPO法人ココルーム代表。大阪市立大学都市研究プラザ研究員。http://www.cocoroom.org
Photo: 森善之