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コラム 2014.08.20

#38 松浦道仁(隠岐アートトライアル実行委員会)


憂鬱な地域起こし

昭和57年、30歳で東京からふるさとの隠岐島に帰り、あたかも知り尽くした場所と感じていられたのは、ほんの半年くらいであった。景観は変わらずとも世界が変わって見えた。それもそのはず、ボクが知っていたのは、たかだか18年の子供の世界でしかなかったのである。ある意味、子供は大人の社会から優しく除外されていた。それからは知っていたはずの「地域」を未知の場所としてのフィールド・ワークが始まった。

フィールド・ワークは通常、経験値の集積と考えられているが、その前提として地域に関する文字情報の収集が不可欠である。幸いにも帰省早々「西ノ島町誌」の執筆という仕事に就き、3年間を過ごした。これは完全なデスク・ワークであり、その収穫が今のフィールド・ワークに結びついている。アカデミックなフィールド・ワークは、普通「地域」の他者としての視点を取り、地域内部に影響を与えない様に注意をはらっている。しかし、現実的な生活において内部社会の一員として役割を与えられると、内部の論理で行動せざるを得なくなってくる。内部のセンスが「普通」に感じられる頃には、外部のセンスが忘れられ、内部の一人前として認められることになる。

さて、30年ほど前から地方の過疎高齢化問題が意識され、解決策として「地域起こし」というテーマで講演会が頻繁に行われるようになり、それは今も続いている。講師の要点は「都市民から見た視点で、地方の素材(自然景観・農水産物・伝統文化)を都市にアピールする方法」であり、それを地元民が中心になって実施することの勧めであった。30年も続く地域起こし教育が、その割に効果は現れないのは、都市民のセンスが簡単に地域内部の人に理解されていないことに起因している。

しかし、簡単にセンスが入れ替え可能であろうか。都市環境は「地方の素材」を消滅させた処から始まり、そのノスタルジーとして地方はある。「地域起こし」にせよ、観光にせよ、都市と田舎の価値観の相違を前提にして初めて交流は成り立つ。マルクス経済学なら商人資本形態とでもいおうか。
価値観の相違は美意識にも現れ、田舎では何も感じないものに対して「新たな美を発見」するのは、都市民の美であり、「ほら地方の皆さん、ここにもそこにも価値はころがってますよ。ほっといていいんですか? もったいない」と言われてもピンと来ないことを考慮しておいた方がよい。
狭い日本でもかように多様な価値観の相違がある状態は、豊かな証拠と思い定めた方が楽しめるのではなかろうか。

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松浦道仁 MATSUURA Michihito
島根県隠岐郡西ノ島町出身。1952年生まれ。國學院大学卒業。
焼火神社 宮司
「隠岐島前高等学校魅力化推進協議会」委員
2009年より「隠岐アートトライアル実行委員会」実行委員長