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コラム 2014.07.18

#37 相澤久美(silent voice、淡路島アートセンター、対話工房ほか)


つい先日、以下の通りFacebookに書いた。政治的なことはFBには書かないことにしているが、うっかり書いてしまった。

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賛成、反対の意見を読む。どちらも、それぞれの正当な主張がある。それぞれの言い分も、それなりに理解もする。皆、真剣に日本のこと、世界のことを考えてのことだろう。あらゆる発言とその勇気に、敬意を表したいと思う。

私が解釈改憲に反対の理由は、難しい話ではない。取りざたされる背景を詳しく知らなくても、理解できる単純明快な話でしかない。
「武力は根本的にはなにも解決しない」。それだけだ。日本国憲法の前文を良く読んで欲しい。憲法だから守ろう、ということでない。私は、単純に、この理念と目標には心から同意する。そして、切に、切に世界の平和を願う。夢かもしれない。でも、夢を見続けて死にたい。その夢を子ども達にも継承したい。私は、父に教えられた。(主張の仕方は違うけど)

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
(日本国憲法前文一部抜粋)

"私は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている地球に住む人々が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有すると思う。そうであって欲しい"
だから私は、その実現のために、日々仕事に向かう。

周辺国からの脅威があるとしても、集団的自衛権の容認は他国への威嚇のためだとしても、それが戦争には繋がらないとしても、徴兵制になんて繋がらないとしても、そういう問題ではない。
本当に、難しい話ではない。人間社会から争いはどうしてもなくならない、としても、それがたとえきれいごとだと言われたとしても、日本には、国際的な「話合い」の場を持つ努力を率先して創り、平和を願うその姿勢を世界に示して欲しいと切に願う。米国や近隣協力国を守るのは大切なことだ。困っている隣人は助ける。当たり前のことだ。でも、そもそもの、その争いの原点を話合いで解決するための場を創出し続けることが、まず、戦争であれだけの尊い命を無くした日本ができることではないだろうか。

親愛なる友人の話を思い出す。親も医者で、医者になると思っていた。でも、そもそも日本の食を変えるところからはじめれば、病院に来なくちゃいけない人が減るんじゃないか?と、農を学び、農政に我が身をおくことを決め、日々奔走している。そんな考え方と同じだ。わかりやすいよね。対処療法ではなく、根本治療を。

複雑な世界。外交も国政も容易なことではない。政治家の皆さんの日々の努力、様々な意見を交換する皆さんの熱意に敬意を表すると共に、「平和」について、意見が異なろうとも、ちゃんと話合える場が増えることを願う。願いは一緒だよね? みんな、大切な人と平和に暮らしたいだけだよ。

さて。
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敵視しない。互いにリスペクトする。これは、日常の中でも仕事の上でもとても大切なことと想う。

ところで、上にある「私が日々向かう仕事」とは、なんとも説明のし難いものだ。
建築家と呼ばれた時期もあったが、自分自身がなにか表現するというよりも、自分が共感できる、主体的表現を持つ人達の下支えする仕事が今は主だ。AAF参加団体としては、女川対話工房と淡路島アートセンターに所属する。名刺は複数枚、ジャンルもバラバラ。なにをしているか判らないと言われることが多い。非常に判りづらい。でも、それでいい。肩書きもいらない。簡単に言えばなんだか心配でおせっかいであれこれ手伝っているだけ。福祉的社会の実現のために、中間支援的なことをしている。とはいえ時に不安にもなるのだが、先日大切な友人に言われた。「私達は底にへばりついて○○さんみたいな人を支えるために生きているようなもの。底の人たちは、お互いに支え合いましょうよ」と。ありがたかった。

なにかが大きく一度に変わる事はない。ひとりひとり違う人間がこの地球上に何億と生きている。その全員が満足するひとつの答えも正義も真実もない。ただひたすら、全てのひとの平穏を祈って、日々地道に自分の小ささを思いながら生きている。

強いて言えば、silent voiceが私の活動の母体だ。縁あって関わることになった映画のプロデュースをしている。立ち上げた時に、パートナーが書いた。

混迷を極める現代社会。
いたるところで声高な饒舌が幅を利かせる...。
しかしそんな時でも、世界は静かに輝き、声なき声に満ちあふれています。
もうひとつの未来を信じ、この世界の静かな声に耳を傾けるために、
私たちは『サイレントヴォイス』を設立しました。

西表島の『島の色 静かな声』、震災後には『東北記録映画三部作』、新潟妻有地域の『名前のない道』。今は鹿児島の社会福祉施設、「しょうぶ学園」で『旅するotto&orabu(仮称)』を撮影中。2015年春に完成予定だが、きっとタイトルは変わっているだろう。1本のはずが3本になったり、申請書と映画のタイトルが変わったり......。妥協しない信頼できる監督達とのありがたい協働作業ばかり。静かに輝くそこにあるものに目を向け継承していきたいと想う。

「静かな声」というこのプロダクションのロゴマークは、雪の結晶でできている。ロゴマークを何にしようかと悩んで、自分の仕事の話しをしながら当時小4の長女に相談したら一緒に考えてくれた。数日後、「ママ、雪の結晶がいいんじゃない? 同じ形はひとつもないけど、どれも全部すごくきれいだし、ひとつひとつはすぐ融けちゃって儚いけど、降り積もると真っ白でものすごくきれいな景色もつくる。それもすぐ融けちゃうけどさ」。
父の住む山形に毎年正月に家族で行く。新幹線の車窓からみる真っ白い大地を思い出した。「永遠」はないねぇ、と2人で笑った。
娘に、ありがとう。(目下、中1で反抗期まっただ中......)

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写真上より
『島の色 静かな声』2008年(監督:茂木綾子)
『東北記録映画三部作』2011年〜2011年/『なみのこえ』(監督:酒井耕・濱口竜介)
『東北記録映画三部作』2011年〜2011年/『うたうひと』(監督:酒井耕・濱口竜介)
『旅するotto&orabu(仮)』2015年完成予定(監督:茂木綾子・werner penzel)より2枚



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相澤久美 AIZAWA Kumi
1969年東京生まれ。その後日本各地を点々とし、高校、大学は米国で過ごす。silent voice、対話工房、淡路島アートセンター等の企画・プロデュース・マネジメントを行う。震災リゲインでは震災専門の紙媒体を季刊で全国4万部発行。マザーアーキテクチャーではザンビアの助産施設建設支援など行う。日本BPW会員。映画『島の色 静かな声』(西表島)『東北記録映画三部作』(東北三県)。アートプロジェクト『女川常夜灯』(女川)、『五斗長ウォーキングミュージアム』(淡路島)など地方の仕事が多い。