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コラム 2014.04.20

#34 三上清仁(アーティスト/AIR Onomichiディレクター/光明寺會舘代表/なかた美術館ディレクター)


月極の駐車場の隅の方、建物とアスファルトとの境目からセイタカアワダチソウやアレチノギクが生えている。普段は消えて見えていない。しかし今は見えている。いくら毎日通る場所とはいえ、その植物たちが芽吹いたその時や成長の過程などを私も誰も知らない。ずいぶん前--といっても4、5年前---からある気のする駐車場。アスファルトの敷かれたその場所は、何軒かの家を何らかの理由で壊し、さら地の活用という目的を与えられそこにある。そこに歴史というような時間は流れていない。セイタカアワダチソウやアレチノギク。彼らの自生は、とはいっても駐車場になってからだという確証はなく、家と家の感じのいい路地であった時から始まっていたのかも知れない。

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次に、別の街。郊外の公営団地。駐車場の脇の垣根や歩道のすみに、いくつも転がる石があるのに私は気づく。大きさは様々。人が丸まったくらい。そこに住む人々にとってその石は消えて見えていない。いつからあって、何のためにそれが転がっているのか、想像さえもしていない。こども達がスプレーで落書きをしていたり、空き缶がのせられていたり、スマートフォン片手の男が座っていたりする。そこに石がある理由や意味は取り払われている。軽い存在になっている。当たり前だが物質としては重たいその石なので最近動かされた形跡はみてとれない。
  
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植物、石。近くに住む人であれば、この二つの物たちを誰でも見ることができる。にも関わらず誰にも見られていない。誰の想像にも関わらない。駐車場の隅だとか、どこの町の郊外だとか、その物たちがある場所はそんなに特別な意味を持つ必要はない。
だか、これら二つの街の駐車場の隅にみる植物と石には、種、形を表す名前がある。

パイオニア種と迷子石
セイタカアワダチソウやアレチノギクや、ここでは初めて名前を出すがビロードモウズイカなどのことを「パイオニア種」と呼ぶ。これは、遷移のはじめの裸地にいち早く侵入する植物のことをさし、自然環境では火山の噴火や洪水などにより裸地化してしまった土地に生息する地衣類やコケ類などをさす。
そして、転がる石のこと。気候が温暖化し、氷河が後退していく過程で氷河の上にあった大きな岩石が取り残され、置き去りになったものを「迷子石」と呼ぶ。大きいものや特徴的な形のものはモニュメントとしての名前を持つこともある。
とはいっても駐車場利用者にとっては、駐車場の片隅は、駐車場の片隅であって、それ以上でもそれ以下でもない。パイオニア種が必要となる荒れ地であったり、氷河期に氷で覆われていたり、といった経緯とそのような価値は必要ではない。
どちらの街にも見える、植物が自生し、石が転がっている場所は、その植物の分、石の分だけ失われている。
私は失われたその分の場所を、「パイオニア種」や「迷子石」であることで埋め合わすことは必要ないと考えている。埋めた分の新たな価値が場所を覆うと、平滑な表面になって正面から見やすい場所となる。
駐車場の片隅にあるセイタカアワダチソウ、石、私たちは失われた分、まじまじと向かい合うと照れてしまうので、目の端で触って通り過ぎるくらいがいい距離感なのかも知れない。
写真:
上/空き地にのびるビロードモウズイカ(パイオニア種)
下2点/ 街にみる迷子石 A glacial erratic block

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三上清仁 Kiyohito Mikami
アーティスト/AIR Onomichiディレクター/光明寺會舘代表/なかた美術館ディレクター
1973年鹿児島生まれ、2005年から広島の尾道に住み、2007年から小野環とのユニット「もうひとり」で尾道の斜面地に多くある空き家や空き地などをステージにしたアーティスト・イン・レジデンス事業や作家活動を行う。チェコ・プラハ国際芸術祭(2008) 、広島・百島プロジェクトUTOPIA-何処にもない場所(2008)、スイス、ジュネーブUTOPIANA (2013)、などに参加する。
2010年からは、尾道の斜面地の入り口に位置する光明寺會舘を運営し、作家への支援などを行う。
◎光明寺會舘 広島県尾道市
◎Utopiana スイス ジュネーブ