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コラム 2013.11.13

#29 藤城 光(PRAY+LIFE)


遠い未来、地球は氷河に覆われ、人は生活の様相を変え、今ここに見えている世界はひっそりとその底に眠っている。そんなイメージが時折かすめる。逃避だろうか? そうかもしれない。その白い世界を瞼に描く時、私は透明になる。福島第一原発の水素爆発が起きたそのことも、凄まじい傷痕も、諍いも、記憶も、いつしか氷が覆い尽くし、いずれその痕跡すら無くなる日が来る。

それは、東日本大震災時の数日間に得た感覚とも重なっている。波が引くように私の住む街からは人々の姿が消え、店が閉まり、車が消え、灯が消え、音が消えた。残った人々とともに過ごす日々には、うっすらとした死への意識の共有と穏やかな笑いがあった。繰り返しテレビに映る原発が爆発する姿は、まるで人間そのもののように見えた。私たちも人工物も自然の一部でしかなく、原子も卵子も地球も感情も、全ての現象はどこか似ていると感じた。私はマスクをして自転車を漕いだ。からっぽの街の空気が、どこまでも澄んだ空に繋がっていた。

その風景は、様々な事情や状況が織りなす中で生きるしかない人が抱える矛盾をも、美しく浮かび上がらせていた。個々に違うからこそかけがえがなく、存在そのものが力であることを、強く感じさせる出来事でもあったように思う。その傍らで、私の一部は凍り付き、血液だけが暖かいままに散り、その血は今もとめどなく流れている。

そう。引き裂かれたのは土地や人の間ばかりでは無く、人の内側にも断絶は起きている。私の裂け目は恐らく、閉じることはもう無いだろう。2つになった私の前で、夢や希望といった言葉はカラカラと空しい音を立て、しっくりと体に収まるのは絶望や贖いといった類いのものである。

2011年の春、私は、命の欠片を拾い集めるように、人々の声に耳を傾け始めた。なぜこんなにも愚かしい人間を愛しいと感じるのか、矛盾だらけのこの世界を美しいと感じるのか、そのことに触れたかった。それぞれの「生」から見えてくる輝きのようなものを、壊さぬよう柔らかく抱きたいと思った。これは私なりの、人々の苦しみや災いの軽減への祈りの行為でもある。発された物事の僅かな端を少しずつ物語にしながら、同志と立ち上げたPRAY+LIFEという活動の中の"ふくしまの声"として、事故収束40年後を見据えて蓄積し続けている。

答えはないが、小さな声をゆっくり見つめることを通じて、ささやかに問いかけていようと思う。この世界のことを。私たちの存在のことを。


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藤城  光  h i k a r i    f u j i s h i r o
埼玉大学教養学部卒。グラフィックデザインやドローイング、インスタレーションなどの制作活動をしている。2010年、ROCKET(表参道)にて個展「ぬけあい」を開催。その後、アーツ千代田3331でのスタジオ制作やアートプロジェクトなどに参加。[http://www.star-fish.jp
2011年、移住先の福島県いわき市にて震災を体験し、ふくしまの声を残すプロジェクト"PRAY+LIFE"を始め、2012年からAAFへ参加。[http://praylife.net]  
また、2013年より未来会議inいわきの立ち上げに関わっている。[http://iwakimiraikaigi.com]