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コラム 2013.04.20

♯22 大場陽子(作曲家)

なんの変てつもない、いびつな形をしたじゃがいもが1つ。
さて、これをどう調理して食べよう? 醤油と砂糖で味付けした、おいもの煮っころがし?それとも、人参やタマネギと一緒にコトコト煮込んでポトフ? そうだ、揚げたてあつあつのコロッケもいいねぇ。

蒸したじゃがいもの熱を感じながら、手で皮を剥き、木のすりこぎでつぶす。丸めて、小麦粉・卵・パン粉をつけて、ジュージューという音を楽しみながら揚げる。いい香りがただよってくる。おいしそうに見えるようにカッコ良く盛りつける。食す。

1個のじゃがいもを見て、いろいろ想像して、創造する。 それを自分が食べ、家族や友人や恋人が食べる。そして明日も生きることを継続する。

日々、想像して、創造して、命をいただきながら、命を育む。料理とは、まさに五感をフルに活用してできあがる、人類にとって最も身近な作品であると思う。

そういう訳で、我が家では「台所育児」を取り入れている(というと聞こえは良いが、その実は、この先素直にお手伝いをしてくれる子になってくれますように、という魂胆である)。台所仕事といっても、2歳になるかならないかの息子にできる範囲のお手伝いなので、 葉っぱをちぎったり、玉ねぎの皮をむいたり、ある程度まとまったパン生地をこねたり、まるめたり、という程度である。もちろんその過程には、お約束のつまみ食い。生のニンジンやタマネギ、焼く前のパン生地をいちいち食べて味を確認してしまうあたり、「すごい!この年にして、三國シェフのようだ!」と親バカになってみたりもする。5歳になる頃には、「お母さん、酒にあうウマイ肴を創ってみたよ!」なんて言ってくれることを夢みつつ、今日も一緒にタマネギの皮を剥く。

生物は何もないところから必要なものを創りだす力を持っている。そう考えると、もはや生きていること自体がアートであるのかもしれない。アートとは、日常生活の延長上にあるのではないか。生活すなわち、生きるための活動は、個の創造であり、強かれ弱かれ個のメッセージでもあると思う。それを他者がどう受け取るかによって、時に感動にもなるし、何も感じられなかったりする、というだけのことだ。

そんなことを考えさせてくれたのが、私にとってのAAFである。 日常に埋もれてしまった楽しみを掘り起こす。そして、五感を研ぎすますというより、五感の風通しをよくする、そんな「場」としてAAFは存在しているように感じる。 いま私が興味を持っているのは、 アートや音楽が日常的な「場」や「モノ」に寄り添うように存在する「場」づくりである。
2年前、癒しと創造の視点から「湯治場」で「場」づくりを行う夫と、五感を解放できる「場」をつくることをテーマとした、ソイズという合同会社を立ち上げた。偶然か必然かわからないが、法人の登記を完了させたのは2011年3月11日の午前。音楽を創っている私と湯を守っている夫の2人で、地球上の一生物としてこの先どのようなことができるのかいまだ試行錯誤中だ。1200年の歴史を持つと言われる鳴子温泉郷で、この地を訪れる多くの人々と触れ合いながら、日々の暮らしの中で新しい「場」をつくっていけたらと思う。



obayoko.jpg大場陽子(おおば・ようこ)

東京藝術大学大学院修士課程修了。第67回日本音楽コンクール第1位など受賞。武生国際音楽祭からロワイ ヨモン作曲セミナーに派遣。第22回芥川作曲賞ノミネート。「音楽のある空間づくり」をテーマに様々なスタイルの公演を行う。また、2009 年より「生活に寄り添う発酵音楽プロジェクト」を始動し、2011年3月にソイズ合同会社を設立。CD「お酒の子守唄」 と、その音楽で音響熟成させた純米吟醸音楽酒「天音」が発売中。作曲家グループ「クロノイ・ プロトイ」 メンバーとしても活動し、サントリー芸術財団より「第9回佐治敬三賞」を受賞。http://www.obayoko.com