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メッセージ 2013.01.20

#19 日沼 禎子(女子美術大学)


大学卒業後いくつかの仕事を経て、ちょうど30歳という節目の年齢を迎えようとしていた時、アーティスト・イン・レジデンス・プログラム(AIR)を中心としたアートセンター(現:国際芸術センター青森ACAC)設立を青森市が計画しており、準備室スタッフを探しているという話が舞い込んだ。当時の日本ではAIR自体への認知がほとんど無かったこと、また、故郷である青森で仕事をするということは、自分にとって最もリアリティのある仕事になるだろうということに大きな可能性を抱いた。あらかじめ約束された職業に就くことへの漠然とした違和感と、自分が一生向き合える「仕事」とは何かを模索していた私に、Uターンへの迷いはなかった。

ACACが標榜するAIRは、アーティストの新たな活動を支援するとともに、地域の人々の芸術活動の拠点となること。アーティストと地域住民とがフラットな関係を切り結び、互いの存在を喜び合う場である。国内外のアーティストたちが携えてくるそれぞれの文化的背景と、青森という特異な地域性との出会いがさまざまな新しい表現活動を生み出し、人々は自分たちが暮らす場の豊かさを再発見する。アーティストも、地域の人々も、行政も、そしてその三者の橋渡し役でもある学芸スタッフも、それぞれの理想を持ち寄りながら、多くの活動を共にしてきた。アートとは人間の多様な可能性を可視化し社会に指し示すことであり、とりわけAIRは、まだ評価の定まらない若手や、新しいクリエーションへの挑戦を支援する活動である。つまりそれは、行政が評価軸として持つ「公共性」に対する矛盾を常に抱えることでもある。「公共とは何か」。そのことは、繋ぎ手である自分自身に投げかけられた大きな課題だった。

やがて、私自身が一人の住民として、組織ではなく個に立ち返り、地域の中で活動を行うことでしか、その違和感を乗り越えることができないのではないかという思いにたどり着く。そこで仲間たちとともに立ち上げたのが、アートサポート組織ARTizan である。建築士、コンピュータSE、デザイナーなどのさまざまな職能の人たち、そして行政職の人もアフター5にスーツを脱いで、空間実験室をはじめとするプロジェクトを行ってきた。空間実験室で出会った老若男女を問わない多種多様なセルフトートのアーティストたち、そして近隣の商店主たちは、カッコ付きの「行政」や「アート」の仕事をしてきた私たちの横っ面をピン!と叩き、鼓舞してくれた。ここで働き、家族を持ち、命を育て、生きる人たちの凄さやリアリティからすれば、甘ったるい理想の上に立つ芸術の評価や公共性など何するものか、と。仲間たちと共有してきたそれらの経験、葛藤の時間は、何ものにも代えがたい私の宝物だ。そして何よりも、さまざまな展覧会やプロジェクトの報告を嬉々として受けとめ、日々の生活を支えてくれた家族には心から感謝をしている。

12年間格闘してきた故郷での仕事を離れ、母校に戻ることとなった今も、公共性に対する自身の問いは続いている。あの頃の自分が抱いていた社会状況に対する違和感は、現代の若者たちの中にも強くくすぶっている。そのことを、とても頼もしく思う。新しい価値は、自分たちで作る。そんな根拠の無い自信に溢れる若い世代と向き合うことは、自分を見ているようで気恥ずかしい。けれども、たくさんの矛盾に満ちた、答えの無い世界を共に歩くことが出来る事は、とても幸せなことだと思っている。


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日沼禎子/女子美術大学准教授
1969年青森県生まれ。女子美術大学芸術学部卒業後、ギャラリー運営企画会社、美術雑誌編集者等を経て、1999年から国際芸術センター青森設立準備室、2011年まで同学芸員を務め、アーティスト・イン・レジデンスを中心としたアーティスト支援、プロジェクト、展覧会を多数企画、運営する。2004年、市民アートサポート組織「ARTizan」の立ち上げに携わり、空間実験室実行委員長(2005-09)などを歴任。現在もARTizanプログラムディレクターとして活動を継続中。2005年、空間実験室のAAF参加を機にAAFネットワーク実行委員。