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レポート 2012.12.14

マレーシアスタディツアー レポート

2011年にはじまった世界ネットワーク・プロジェクトの一環として2012年11月7日〜11日にJ国際交流基金クアラルンプール 日本文化センター(JFKL)との共催で実施されたマレーシアへのスタディツアー。クアラルンプールとペナン島の2つの地域で活動する、アートプロジェクトの実践者や市民活動家、アーティストのみなさんとのたくさんの出会いがありました。

参加者の原田麻以さんがレポートをまとめてくださいましたので、ご覧ください!
写真は、スタジオ解放区の林僚児さん、事務局遠藤綾によるものです。

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11月7日(水)クアラルンプール 

飛行機を降りるとムンと暑いアジアの空気。マレーシア視察ツアー一行は日本各地からそれぞれの珍道中を経て、首都クアラルンプール市内にあるファイブ・アーツ・センター※1事務所へ。夜8時過ぎ、到着するとセンターのみなさんが笑顔で迎え入れてくれる。まずは全員と握手を交わしながらそれぞれに「ハイ!アイム 〇〇!」と互いの名前をさっと自己紹介。マレーシアでは常識のあいさつ風景。

ファイブ・アーツ・センター若手マーク・テェーさんからファイブアーツ・センターの紹介を伺う。ファイブ・アーツ・センターは、アーティストが自主的に集まりさまざまな企画を行う「アーティスト・コレクティブ」団体。1984年設立という歴史をもつ。演劇、ダンス、美術、音楽、子ども・若手のためのシアターを柱としつつ、ジャンルを越えたコラボレーションを行う。マレーシアの政治や地域的問題に深く切り込んだ作品の制作から、廃屋を利用しての演劇上演、マレーシア文化を生かした表現、「かっこいいアート」からあえてはみだすような活動、若者の育成など活動は幅広い。現在14名のメンバーは、職業も世代も人種もバックグラウンドもさまざま。このメンバー同士が議論をすると良い意味でたくさん問題が起こる、とマークさん。この「良い意味での問題」が起こる議論の積み重ねが、ファイブアーツセンターの有機的で持続的な活動を可能にしてきたのだろうと感じる。集まってくださったメンバーのみなさんの笑顔と場の雰囲気からもそれがよく伝わってくる。組織内にリーダーをつくらないことも特徴である。もっともっとお話を伺いたいとおもいつつ、プレゼンテーション後はみなさんと近くのレストランへ。アサヒビールとおいしいお食事、話のつきぬ夜が深まるのでした。

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11月8日(木)クアラルンプール 

本日も暑いクアラルンプール。マイペース視察団一行はバスに乗り込みホテルから一路、ヤヤサン・チョウキット※2の活動施設のひとつ Kuala Lumpur KrashPad (KLKP)    へ。「ヤヤサン」とはファウンデーション(財団)の意味で、「チョウキット」はクアラルンプール市内の地域の名前。チョウキットは娼婦街を有し低所得者が多い地域。ヤヤサン・チョウキットは、この地域の子どもたちのサポートのために活動している。

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KrashPadは、主に10代のこどもたちのサポート活動をしている施設。ここでボランティアコーディネーターをしているライアンさんからお話を伺う。戸籍登録のないこどもには国の公的なサポートがほとんど得られないため、ヤヤサン・チョウキットの活動は大きなセーフティネットとなっている。たくさんのお話を聞いてから施設見学へ。1階にキッチン、事務所、トレーニングジム、2階にホール、ITルーム、学習室、図書館などがある。施設内の設備の多くは企業や個人からの寄付であり、ハード面だけでなくソフトのプログラムにも企業や政府の支援があり、主に企業側からCSRのために何かしたいと持ちかけられるのだそう。その際にはプログラムコーディネーターのスタッフが対応し、企業の宣伝のためだけになるような企画は避け、こどもたちにとっても企業にとっても、互いによい状況が生まれるプロジェクトを選択したり、企画したりすることが心がけられている。また、1日限りのプログラムではなく、できるだけこどもたちと継続的な関わりが持たれるようなプログラムを実施してもらっているとのことだった。現在継続されているプログラムのひとつに、ユネスコを通じてサッカーチームのマンチェスター・ユナイテッドが支援するリーダーシッププログラムというのがある。内容はこどもたちが自らやりたいことを企画し、準備から実行まですべてを行うというもの。いくつかのチームがあり、カフェチーム、スポーツチーム、ITチームなどが、それぞれのデスクを持って企画やディスカッションなどを行っている。 KrashPadは、2006年に活動を開始したため、ここでさまざまなプログラムに参加したこどもたちは、これから大人になっていく段階であり、成果がどのように出るかはまだわからないとのことだった。この日は、施設のこどもたちと会うことはできなかったが、実際にプログラムが実施されているところに参加してみたいと感じた。

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KrashPadを後にし、案内をしてくれた国立美術館エデュケーションプログラム担当クーンさんとともにまちをすこし歩き。クーンさんは、美術館で子ども向けのプログラムを担当していて、これまでもKrashPadへ美術館の活動をアウトリーチしている。彼女の案内でチョウキットのマーケットを拝見し、色とりどりのくだものや野菜に圧巻の一行。まちの古いマレーシア料理屋さんで、ご飯をいただく。おなかを壊さないかと心配症の加藤さんを横目に気にせず食べる他のメンバー。

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ごはんの後は、建築家セクサンさんが保有しているプライベートギャラリーと、アートの雰囲気たっぷりのミニホテル「Sekeping Tenggiri」※3へ。クアラルンプール市内でも高級住宅があつまる地区に位置するギャラリーとホテルは、外からはそうとは思えない住宅街の一軒家。入れば中は建築家ならではのおしゃれな内装。ホテルの中にはプライベートコレクションが展示してあるアートウェアハウス(その名も美術倉庫)もあり、空間の中に所狭しとマレーシア現代アートシーンの作品が並んでいる。コーディネーター谷地田さん(JFKL)が「これほど一度にマレーシアの現代アートが見られる場所はクアラルンプールでも珍しい」と言われるほどの作品数。ギャラリー部分とは別に宿泊ができる部屋がいくつかあり、ホテルとして宿泊することもできる。

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このギャラリーに案内してくれたのは、ベターKL※4というプロジェクトを実施しているズィーさん。ズィーさんを含め、4名のメンバーの方のお話を伺う。ベターKLとは、自らのもつデジタル技術で都市的な問題を変えていくという意思のもと、インターネットTV、ウェブマガジン、公共空間を"ハッキング"するプロジェクトなどさまざまな活動を行うプロジェクト。公共交通の整備状況が非常に悪く、バスの待ち時間が長いクアラルンプール市内でバス停に新聞を置く。ぼーっとバスを待つだけの空白の時間を使って社会状況を知るきっかけをつくったり、広告に見せかけて「いま、退屈してる?」と問いかけて、待ち時間に自分自身を振り返ることのできる質問紙をバス停に貼ったりと、政府の規制が厳しいマレーシアにおいてアクティブに公共空間にアクセスする。そんな彼女たちは実は、普段デジタルコンテンツを作成する会社「ポップデジタル」の若手敏腕クリエイターとして大手企業をクライアントに仕事をしている。日本の状況を思うと、商業界の第一線で活躍する若手クリエイターの彼女たちが、都市的問題に自分たちの技術で関わっていく姿勢に関心せずにはいられない。

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すてきなギャラリーとすてきなみなさんに別れを告げ、今度はカフェニューブラックへ。おしゃれな若者がつどうそのカフェで待っていてくださったのは、マレーシアのコミュニティアート界の頼れる長男的存在のヤップ・ソー・ビンさん。ソー・ビンさんは1997年からルマ・アイル・パナス(RIP)※5というオルタナティブスペースの運営を仲間とはじめ、そこをただ貸しだすのではなく、若いアーティストが議論できる場として開いてきた。3週間ごとに集まり、場のことや運営のことについて議論を繰り返す。それを3ヶ月間続け最終的にはスペースに作品を持ち寄るコミュニケーション中心のプロジェクトを行ったり、こどもたちがアートに触れる機会が少ないことに問題意識をもち、学校にアプローチをかけたりとさまざまな活動を行ってきた。こどもたちを校外に連れ出しアーティストといっしょに美術を鑑賞する機会をつくることから発展し、郊外でアートを鑑賞するだけでなくアートを校内にもちこもう!ということで学校内にアーティストを呼ぶ、CAISプロジェクト(Contemporary Art in School)という企画も行った。ほぼ1年に渡って、こどもたちとワークショップを行い、最終的には校内で展覧会を実施したそう。こどもたちからの反応はよいものだったが、学校側との交渉のむずかしさ、金銭的課題などがありプロジェクトの継続は難しかったそう。印象的だったのが「つかれてしまった」ということばだった。日本でも、アートと公的な場や人、事業の折り合いは非常にむずかしく、良いプログラムが継続される環境整備が同じくマレーシアでも重要な課題となっていることが伺えた。

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ソー・ビンさんのお話を伺った後、みんなでインド系マレーシア料理屋さんでご飯をいただき、次なる目的地クアラルンプール・パフォーミング・アーツ・センター(KLPAC)へ。ここではマレーシア随一の演出家/俳優のジョー・クカサス氏の演出、シンガポールの劇作家アルフィアン・サアットによる「ナディラ」※6を鑑賞。本作は英語とマレーシア語が交互に使用されるため、マレーシア語で演技が行われる際には英語の字幕が、英語で演技される際にはマレーシア語の字幕が流れる。このように多言語が活用されるのは劇中だけの話ではない。多民族国家マレーシアでは、日常的な会話の中で英語、マレーシア語、中国語などが多用される。そのため、リアルなマレーシアの日常を演出しようとすると多言語の飛び交う劇となる。

英語もあやうい視察団一行にとってこの劇の読み取りは高度。そのため、JFKLの谷地田さんが事前に劇の内容をわかりやすく、詳しくレクチャーしてくださる。谷地田さんからのレクチャーを頭に入れた視察団は、字幕に頼らず劇の内容が理解でき、すばらしい俳優のみなさんの演技を堪能した。シンプルなセットで大掛かりな演出はないが、2時間という時間を感じさせない公演だった。内容は、イスラム教徒の男性との結婚を機にイスラム教に改宗した女性とその娘を中心としたお話。恋愛、結婚、宗教、それぞれの信条が複雑に絡み合う。マレーシアに生きる人々があたりまえにしかし深刻に直面する問題が、その深刻さを感じさせないコミカルな脚本・演出によって表現されていた。そのコミカルさに会場からは笑いが絶えない。一方、深刻な場面では会場のイスラム教徒の女性が涙を流しながら観劇する姿もあった。

 

11月9日(金)ペナン島 

きのうもたくさんの活動のプレゼンテーションをうかがい頭も胸もいっぱいのマイペース視察団一行は、マイペースに飛行機に乗り込み約1時間でペナン島へ到着。マレーシア北西に位置する人口約70万のペナン島。リゾート地として有名なこの地でコミュニティと関わりながらアート活動をされている3つの団体を訪問させていただく。

一つ目は、こどもとアートの関わりを生み出すNPO「アーツ・エド」※7。空港から再びバスに乗り込み、ジョージタウンという世界遺産に登録されているまちにあるアーツ・エド事務所へ。

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すてきな事務所に、笑顔のスタッフさんが迎え入れてくださる。おいしい中国茶をいただきながらプレゼンテーションを伺う。お話をしてくださったのは、アーツ・エド、コーディネーターのジャネット・ピライさん。

アーツ・エドは、こどもたちの表現を発信・サポートするアートエデュケーションプログラムのディレクションを行っている。ペナン島を中心に、こども・地域・アーティストを結びながらプロジェクトを行っている。こどもたちが、まちなかのお店で体をつかって働く人の動きを観察。その動きを基に、ダンサーとともにダンス作品を作成したり、まちの中ですきな場所を写真に撮り、撮影した写真を基にマップを作成したり。必ずこどもたちがまちに出て、ハンズオン(直接触れる)、リサーチ&ドキュメント(調査と記録)、クリエイティブアーツスキル(アートのスキルを磨く)、アウトプット(地域に還元する)という循環を持っている。また、地域の中の文脈を大切にすること、他世代、他地域が混ざり合うこと、なども重要にされている。見せていただいたワークショップ映像の中で、こどもたちがまちで働く人の動きを観察しそれをまねてパントマイムのように動く姿があったのだが、その動きはとても躍動的ですばらしいものだった。

アーツ・エドでは、一連のプロセスの言語化・メソッド化がしっかりとされていて、ひとつひとつの活動が非常に整理されていることも印象に残る。

ジャネットさんは、来年APIフェローシッププログラムにて、来日予定。日本で知りたいことは持続的可能な活動をどのようにつくっているのか。それは、日本でも大きな課題となっているところ。共通の問題意識を持っていることが興味深い。

 



ジャネットさんのお話を伺った後は、事務所の資料を観覧しつつ名残惜しくスタッフのみなさんに手を振りながら、近くにあるジョージタウン・ワールド・ヘリテイジIncの事務所へ。こちらでは、2008年にジョージタウンが世界遺産登録をされて以来毎年開催されているジョージタウン・フェスティバル※8のお話を伺う。フェスティバルは、古くから港町として栄えた多人種、多文化、多宗教のまちジョージタウンのライフスタイルそのものを祝うものとして3日間、まちが舞台となって開催される。内容は、舞台で行われる音楽や踊り、ワークショップやまちあるき、トークやセミナーなど。大切にされているいるコンセプトは、ストリートで行うこと、文化の壁を越えること、量ではなく質の良いものを行うこと、ジョージタウンの住民が自分たちの文化を重視して行うこと。フェスティバル・ディレクターのジョン・シデックさんからは、ジョージタウンが世界遺産に登録され、政府からの依頼で全く白紙の状態からこのお祭りをつくられてきたこと、政府の補助金はいつ切れてしまうかわからないため、持続可能なもの、応用可能な技術を地域に残していくことも考えられていた。

お話に感動した加藤種男さんが、何かに目覚めたように「AAFとネットワークを持ちましょう」と声をかけると、即「ぜひやりましょう!」というお返事。二人の間に固い握手が交わされたのでした。

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世界ネットワークが組まれ、外へ出ても熱気冷めやらぬ一行。ご厚意でジョージタウン・ヘリテイジIncのスニサさん、チュン・ウェイさんにジョージタウンを案内していただく。

植民地時代の英国文化を色濃く残しつつ、中華系、マレー系、インド系などさまざまな文化が混在しているため、独特のうつくしい街並みが形成されている。

インド人街にてカレーをいただき、一行はペナン・パフォーミング・アーツ・センター(ペナンPAC)※9へ。

 



センターでは、ペナンPACマネージャー ウーイ・キーハオさんが施設案内をしてくださる。広々としたエントランスにはカフェが併設されており、その奥にはガラス張りの素敵な事務所。隣には稽古場として使えるリハーサルスタジオ、そして大小1つずつの劇場がある。わたしたちが小ホールを訪問した際には、明日ちょうどこども向けプログラムの発表があるということでそれに向けて準備がされていた。ホールの貸館以外にも、ペナンPACでは自主事業も行われており、そこでこども向けの演劇やダンスのクラスを開催している。現在クラスの参加者は約90名で、毎週このクラスのある日はペナンPACがこどもたちでいっぱいになるのだそう。

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ペナンPACは、舞台公演をする非営利グループにも手の届く低価格でホールの貸し出しを行なっており、表現の場を広く開く態度が感じられる。運営資金の一部が企業の協賛金でまかなわれており「もちろん場所の維持費や家賃を払うのは簡単ではないけど、ホールの利益ですべてをカバーしなくてもいいからこそ、こういった運営ができる」とキーハオさん。お忙しい中テキパキと説明をしてくださる姿に、その敏腕ぶりが伺える。

キーハオさんにお礼をし、すばらしい劇場を後にしてバスに乗り込みホテルへ。この日はペナン島に一泊。ホテルにて振り返りの会および、翌日のトークの打ち合わせを行い就寝となりました。

 

11月10日(土)クアラルンプール 

毎日お天気のマレーシア。ペナン島を満喫したい!という一行の夢は叶わぬまま、ペナン空港より一路クアラルンプールへ。

空港からホテル近くまでバスで移動し、ラカンKL※10のまちあるきツアーに参加する。ラカンKLは、「クアラルンプールの友だち」という意味。クアラルンプール市内にあるぺタリン・ストリートに電車を通す計画のため、その上部に位置する古い建造物などを取り壊すという政府の政策に反対する市民が集まり結成された組織。中心になっているビクター・チンさんは、先日お会いしたマークさんなどのアーティストたちから「アングリ-・アンクル(怒れるおじさん)」と称される元気一杯のおじさん。今回のまちあるきは、以前鉄道建設に反対したフェスティバルを開催した際行ったまちあるきが好評だったため、継続して行うことになったプログラム。参加者からツアー料金を集めての開催は今回がはじめてということで、わたしたちはこのまちあるきのはじめての有料のお客さんとなった。ビクターさんも張り切って案内してくださる。

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通りには、植民地時代に建てられた築100年にもなる建物が点在しており、それらを紹介していただく。市民に利用されているちいさなホールを有する公営施設、朝にはそこで市が立つというちいさな路地なども案内していただいたが、どれも鉄道建設がはじまれば取り壊されてしまう。

時間が押していたため、コンパクトに案内いただき、近くの中華料理屋さんにてお昼ごはんをいただく。陽気な中国人の店長さんがすてきなこの中華料理屋さんも、鉄道建設で取り壊しになる予定の建物のひとつだそう。

ビクターさんの怒りのきもちがだんだん、身に染みてわかるようになってくる。

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ごはんをいただいたあとは、中心市街地にある商業施設セントラルマーケット内にある、アネックスギャラリーへ。ここで、Asahi Art Festival 2012 Malaysia Study Tour Open Talk Session
"Building Netowork - Malaysia and Japan Art  Project in Community"と題したパブリックトークを開催。40名ほどの参加者が訪れ、AAFについての説明、日本側参加者からの説明の後全体でディスカッションを行った。

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今回のツアー趣旨のひとつ、世界の中で孤立していく日本を意識し、世界とのネットワーク形成を図るという話に対し、マレーシアのアーティストサイドからは、レジデンスなどの企画は、マレーシアから日本へアーティストが行くことが多いが、日本からマレーシアに来るアーティストを支援するような仕組みはないのだろうか、という話が出た。また、プロジェクトを地域の中で行う際に、どのくらいの期間地域と関係をつくればそれができるようになるのか、という質問もあがった。印象に残ったのは、初日にお会いしたファイブ・アーツ・センターのマークさんから出た、「失敗についての話をしましょう」ということばだった。ことば化するときれいにまとまることの多い地域・アート系のプロジェクト。実際は失敗がつきものであり、総体としてうまくいったとしても、そのプロセスでさまざまな困難や失敗を経験する。マレーシアで今日まで聴いてきたプロジェクトのお話でも、整理された方法論や趣旨・目的、うまくいったプロジェクトのお話が中心で、確かに失敗談聞くことはなかった。次回お会いすることがあれば、失敗についての話を互いにもっと語り合いたいと思った。

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その後は、各自セントラルマーケットを見学。視察団はマイペースにバスに乗り込み劇場マップ・パブリカへ。こちらではコレオグラフィー公演「Work it」※11を鑑賞。7名6組の女性パフォーマーによる表現はそれぞれの視点と創造性でジェンダーやアイデンティティの問題に切り込む。テーマ以外には共通点のない作品が集まるが、ひとつひとつの主張がこころに入る。個人的に響いた作品は、とても静かな作品だった。ひとりの女性が舞台に登場し、あぐらをかいて座る。彼女にぼんやりとあたたかい色の照明があたる。彼女は持ってきた石でてきたすり鉢のような器にすり棒でなにかを砕く。トントントンという音が会場に響き、なにかが完成する。それをその女性が食べようと口に運びかけたそのとき、誰かが彼女を呼んだのか、又は誰かが彼女の目に入ったのか、口にそれを運ぶ彼女の手が止まる。彼女はやわらかい笑顔でつくったその食べ物を周囲に分け、そうして彼女が最後に手を自分のところにもってきたときには、その食べ物はすべてなくなってしまっている。彼女は再び石の器をトントントンと叩き、なにかをつくる。食べようとするそのとき、やはり周囲から声がかかるのか、彼女の手が止まる。そしてそれを笑顔で分け与えると、やはり最後に自分の分は残っていない。この繰り返し。途中、分け与えるときの表情や、再び作業に入るときの表情が疲労感に満ちたようなものになったり、やるせない想いを映したような表情になる。何度も繰り返し、最後には石の器と棒が舞台上から下げられ、パントマイムで彼女は同じ動作を続ける。そのとき、そこにないはずの石の器と棒の奏でる音が、こころのなかでトントントンと響く。実体として存在しないが確かに響くこのトントントンという音は、深い底から湧き出る愛の音のように思われ、それはあたたかさといのちの刹那を同時に感じるものだった。途中の彼女の表情にもあったように、愛は底なし無限のものではない。与え続ける存在になりがちな女性という性について、それに準ずるさまざまな仕事や場面について考えさせられた。
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11月11日(日)クアラルンプール 

 
いよいよツアー最終日。今日も熱気ムンムンのクアラルンプール。バスに乗って、地元アートプロジェクト実施団体のみなさんのプレゼンテーションを聴くべく、ぺタリン・ストリート・コミュニティ・アートプロジェクトのスタジオへお邪魔する。小さな入口から階段を上がりスタジオに入ると、すでにたくさんの人が集まっていて、こちらも熱気ムンムン。

まちの歴史がわかる古い写真やワークショップでつくった作品などが展示され、プロジェクトで作成したドキュメントブックやTシャツなども販売されていた。

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こちらでお話をうかがったのが、ぺタリン・ストリート・コミュニティ・アーツ・プロジェクト(PSCAP)※12、ルマー・アイル・パナス(RAP)※5、ラカンKL、ロスト・ジェネレーション・アート・スペース※13、ササラン・アート・アソシエーション※14、などの市民団体。鉄道開通による都市開発に抵抗するPSCAPとラカンKL、クアラルンプールの都市開発の影響で、漁業ができなくなったササランという地域でのアートプロジェクト、建設会社や行政との共働で困難に直面するルーマー・エアー・パナス、とどのプロジェクトも社会的な課題を浮かび上がらせる非常に重要な活動をされていた。アートが社会的課題に対抗するものになるという認識が、マレーシアアートシーンでは一般的なのだろうと感じる。活動の切り口も鋭く、住民、行政、アーティストが関わる交差点で作業がなされている。規制の強いマレーシアでは活動のリスクも大きいが、みなさんは知恵と工夫で楽しみながらプロジェクトを実施されているようだった。これだけの数の団体が、それぞれにしっかりと軸を持ち活動されているクアラルンプールのポテンシャルの高さに、圧倒される時間だった。

各団体のプレゼンテーション後、ディスカッションでは行政との共働の困難さについて議論が及ぶ。日本では別府アートプロジェクトなどの成功例もあるが、その共働のむずかしさはマレーシアとも共通する大きな課題である。

 



熱いプレゼンテーション、熱気あふれるディスカッション後は、スタジオを後にし車にて、すこし移動。近くに位置するブリックフィールズという地域へ。こちらで宗教間の理解を促進するための若者向けプロジェクト、「プロジェク・ルマ・イバダット・キタ(わたしたちの祈りの家」」プロジェクト※15のメンバーのみなさんからお話を伺う。このプロジェクトでは、3ヶ月のリサーチとワークショップの最後には、リサーチ結果から作ったマップをもとにまちあるきをするツアーイベント「ホーリーデイ(HOLY DAY)」※15などを実施。ブリックフィールズYMCAには、プロジェクトメンバーの中から数名の方が集まってくださっていた。ブリックフィールズはリトルインディアと呼ばれるインド系住民の多い地域という認識が一般的だが、実際にはさまざまな宗教が混在し多様な文化が息づいている。宗教観の理解を深めるというミッションのもと、多くの宗教施設が集まるこの地で、ネット募集で集まり選考された18~26歳の17名のメンバーが、AAFでもおなじみピコさんのコーディネートのもと、3ヶ月間ワークショップに参加。毎週土日に集まって、行ったリサーチやワークショップを通じて、多様な宗教施設をめぐるまちあるきマップを作成した。まちの協会・寺院・モスクなどの宗教施設を中心に、ちょっぴり飲食店などのおいしい情報も盛り込み、施設のkまちのさまざまな場所をリサーチし、施設などの協力を得ながらそれらの情報をまとめカラフルなマップに落とし込む。プロジェクトの最後には、一般の参加者を集めて作成されたマップを用いてまちあるきを実施。このイベントのための情報発信はチラシやパンフはもちろん、ブログやフェイスブックなどソーシャルメディアを活用し、その結果、さまざまな地域から多くの参加者が集まって、30人限定のツアーに100名以上の参加希望があったらしい。マレーシアでは、若者のボランティア参加のフィールドが限られているらしく、メンバーの参加理由は、このプロジェクトの理念に共感した、ボランティアがしたかったと言う人が多かった。メンバーのみなさんはとても仲が良い。

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プレゼンテーション後は、まちあるきへ出発。まずは、腹ごしらえということで近くのインド料理屋さんでカレーをいただく。このお店もプロジェクトに協力してくださっているお店のひとつ。おいしいカレーをいただきながら、プロジェクト参加メンバーのみなさんにいろいろお話を伺う。参加メンバー自身もさまざまな人種・宗教をもち、住む場所もバラバラ。そういった若者が、互いの宗教のことなどについて話すことができる場所が、マレーシアでは非常に少ないのだそう。学校のこと、宗教のこと、文化のこと、結婚のことなど現代的なマレーシアの複雑な状況は、日本でくらすわたしたちには、創造も及ばないものが多かった。


カレーをいただいた後は、本格的なまちあるき。おつかれの加藤さんとはここでお別れとなり、若手メンバーで出発。

まちにある、道教寺院、イスラム寺院、インド人のためのキリスト教教会、ヒンズー教寺院、仏教寺院、2つの宗教が肩を並べる寺院などを一気に拝見する。さまざまな宗教施設の中に入る経験がはじめてだったこともあり、一同興味津々で施設や、その慣習についての質問をする。メンバーのみなさんは、その質問にしっかりと答えてくれる。よく勉強されているなあと感心。さまざまな宗教施設が徒歩数分圏内に乱立しており、どの宗教もそれぞれに全くことなる思想とそれに基づく慣習やルールをもっている。これだけ異なる世界観とそれを信じて生きる異なる人々が小さな地域内に混在し、そのうちのひとつの思想が、別の思想を支配するわけでもなく、それぞれが独自に存在しているということは本当に驚くべき状態だった。ツアーに参加する前の事前情報で、マレーシアは多人種、多宗教の国であり、互いを尊重することで調和をとっている、と何度も聞いていたが、このまちあるきに参加し、その意味を体感することができた。マレーシアの人々のくらしにおいて、宗教は大きな位置を占めており、マレーシアを知るには宗教を知り寺院を知ることが重要だと言うことが理解できた。

 
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イスラム教徒のメンバーが、仏教寺院に入るということは、もしこうした活動に理解・賛同しない人に見つかってしまうと、新聞に載るような大きな事件になってしまう可能性があるという話が印象的だった。もちろんすべてが仲良くうまくいくというわけではなく、政治と絡み合った複雑な問題や緊張関係もある。またあるメンバーが、自分はイスラム教徒だが、このプロジェクトに参加すれば、普段は接する機会のない他の宗教のことを身近に知ることができるから参加した、と語っていた姿も印象に残っている。

 

 多くの視察メンバーがこの日の夜、日本に発つ予定だったため、押し気味の時間のなか大急ぎでまちを案内していただき、最後のタクシーに乗り込むところまでホーリーデイプロジェクトのみなさんに見送っていただく。互いに手を振り、マレーシア最後のプログラムが無事に終了。

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世界観、価値観が広がる目からウロコの毎日、そして何よりすばらしい方々によるすばらしい活動の数々に出会い、学びと興奮で毎日頭もこころもいっぱいだった本ツアー。マレーシアのみなさまに、そしてプログラムのコーディネート、通訳、マイペース視察団のペースメイクとなにからなにまで行ってくださった国際交流基金クアラルンプール日本文化センターの谷地田未緒さんをはじめ、関係者、スタッフのみなさまに深くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

 
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<脚注>

※1 ファイブ・アーツ・センター
アーティストが自主的に集まりさまざまな企画を行う「アーティスト・コレクティブ」団体。1984年設立。現在14名のメンバーからなる。地域の課題、歴史、コラボレーションなど、様々な切り口で、演劇、ダンス、音楽、ワークショップ、コミュニティプロジェクト、中間支援や情報発信など多岐に渡る活動を行う。

※2 ヤヤサン・チョウ・キット
チョウ・キットは首都クアラルンプール市内に位置する街で、貧困や風俗の問題を抱えている。ヤヤサンはファウンデーション(財団)の意味。ヤヤサン・チョウ・キットはチョウ・キットのまちにおいて、KrashPad、Pusat Aktiviti Kanak-Kanak (PAKK:子供活動センター)等の子供や女性のための施設を運営している。今回訪れたのは、そのうちのティーンエイジャーをサポートするKrashPad。政府に登録されていない戸籍のないこどもたちは学校に通うことができないためKrashPadに通って来たり、低所得の両親のこどもたちなどをサポートしている。施設は政府の女性・家族・コミュニティ開発省 から借りており、キッチン、図書館、ホール、ITルーム、学習室などがある。アート系プログラムも実施しており、今年はミュージカルをつくった。AAF世界ネットワークに参加したピコさんのマッピングアートプロジェクト、チョウキット・キタもこちらとのコラボレーション行われた。こうした特別プログラムは主にアーティストや企業からアプローチがきっかけとなり、こどもたちのサポートプログラムが実施されている。

※3 セクサンさんのギャラリー
建築家セクサンさんが、個人的に収集したマレーシアのコンテンポラリーアートを展示したホテル兼ギャラリー。普段はホテルとして運営し、アートウェアハウス(美術倉庫)も併設している。

※4 ベターKL
「Popdigital」というデジタルコンテンツの会社にて大手企業をクライアントにももつ若手女性クリエイターたちが、自身のもつメディア技術をつかってクアラルンプールの都市的問題を変えていこうと活動しているプロジェクト。内容はインターネットTVやウェブマガジン、パブリックスペースを"ハッキング"し有効な場をつくる活動など。ベターKLはベター・クアラルンプールの意味でクアラルンプールをより良くしていこうというコンセプト。

※5 ルマー・アイル・パナス(RAP)
1997年にヤップさんと仲間のアーティストでルマー・アイル・パナス(RAP)という名前のオルタナティブスペースの運営をはじめたことがきっかけ。美術館やギャラリーでは、若いアーティストたちがディスカッションする場が制限されているため、若いアーティストとさまざまな人がディスカッションする場とその仕組みをつくる。また、ギャラリースペースとしてアーティストへ貸館を行ったり、活動資金を稼ぐため、時には裏の庭スペースを警察犬の訓練のために貸し出したり。また高校生が現代アートに触れる機会をつくろうと高校生へのワークショップを開始。そこから発展し、さまざまなアーティストが学校で作品を展示したり、学生とともに企画・制作・展示までを行うCAISプロジェクト(Contemporary Art In School)プロジェクトを実施。RAPは開発のため立ち退きを余儀なくされ、CAISプロジェクトは1年限りで継続が困難だったため、現在はどちらも活動は行われていない。


※6 インスタントカフェシアターカンパニーの劇「ナディラ」
マレーシア随一の演出家/俳優のジョー・クカサス演出、シンガポールの劇作家アルフィアン・サアットの脚本によるお芝居。ナディラというイスラム教徒の女の子、その母と恋人、友人たちなどそれぞれの恋愛を中心に置きながら、マレーシアの複雑な宗教問題について切り込んで描いた作品。

※7 アーツ・エド
2002年から活動している、こどもへのアーツエデュケーションを多角的に行うマネジメント団体。ペナン島ジョージタウンに事務局を置き、活動も主にペナン島で行う。2005年NPO法人格を取得。地域内の文脈をくみ取ること、多世代・多文化であること、こどもを外(地域)に出すこと、最終的にワークの成果を地域に還元すること、をストラテジーとし、ダンス、マップづくり、写真、絵画など分野を越えたプログラムを行う。アーティストとこどもたちを結ぶこと、関係機関との調整、アーティストのサポート、こどもたちとの関係づくりなど、きめ細やかなコーディネートを行い質の高いプログラムを実施。代表のジャネットさんは来年、APIフェローシッププログラムの招へいで日本に来日予定。

※8 ジョージタウン・フェスティバル
2008年、ペナン島にあるジョージタウンが世界遺産に登録されたことを機にはじまったフェスティバル。イギリス植民地時代を経た西洋・東洋の混ざり合う独特の建物や、港町であるために多様な人種・宗教・文化が混在するジョージタウン。そこにくらす人々のライフスタイルそれ自体を尊重し、ライフスタイルの魅力を発信することをコンセプトにしている。そのため、作品はすべてジョージタウンのライフスタイルに関連するものとなっている。3日間の開催期間には、まちあるき、ワークショップ、地域の芸能の公演、他地域から招かれたアーティストの公演などさまざまなプログラムを行う。

※9  Penang PAC
ペナン島にある複合リゾート施設SuraitsQuay内にある劇場「ペナン・パフォーミング・アーツ・センター」。クアラルンプールにあるクアラルンプール・パフォーミング・アーツ・センター(KLPac)のペナン・ブランチとして2011年に開かれた。KLPac同様、照明や音響などの技術者が専属で所属し、自主事業や教育プログラムなどを独自に実施しているマレーシアでは数少ない劇場のひとつ。2つの劇場と3つのスタジオ、事務所、エントランスにカフェなどがある。
劇場では、映画を見るように気軽な感覚で来られるようにと、椅子に飲みものを置くスタンドが取り付けてある。主催事業もあり、こどもたち等を主な対象とした演劇やダンスのアカデミーを運営している。生徒は現在約90名。経営は貸館、企業の協賛、チケットや自主事業での売り上げで成り立っている。貸館の価格は表現者にも手の届くリーズナブルな価格設定である。


※10 ラカンKL
「ラカンKL」はクアラルンプールの友だちという意味。クアラルンプール市内にあるペタリン・ストリートを貫くようにMRTという電車を通す開発計画があり、その間に位置するまちの建造物などを取り壊す政策が打ち出された。また開発のために市民が憩いの場としている公園が取り壊されそこに大タワーが立つ計画もある。そのような都市開発の在り方に対し意見をもつ市民が中心となり、結成された団体。"KLよサヨウナラ"というタイトルのフェスティバルを2日間行い、そこで行われたまちあるきをフェスティバルの後も継続して行いながら、さまざまな意思表示の活動を行う。

※11 公演 Work it
アジアとヨーロッパの各地でジェンダーをテーマに活動する12か国12人の女性ダンサーがKLに10日間滞在し、ディスカッションや視察、リサーチなどを通じてテーマを掘り下げ、ネットワークを作るプロジェクト。リンブンダハン(Rimbun Dahan)というアーティストインレジデンス(美術/ダンス)が企画・主催・レジデンス提供をした。AAFメンバーが参加したのは、そのうち6組の参加者によるダンス(?)公演。1組が15分程度のなかで身体やことばや道具を用い、性やアイデンティティの問題にふれる表現が行われた。日本からはダンサーの山田うんさんとプロデューサーとしてDANCEBOXの横堀ふみさんが参加。


※12 Petaling Street Community Arts Project (PSCAP)
2010年9月開始。クアラルンプール市内にあるペタリン・ストリートにMRTという鉄道が通る事業に反対したアーティストを中心に始まったアートプロジェクト。ストリートのみならず、周辺のコミュニティにも影響を与える公共交通事業という意味でストリートとコミュニティを並べたプロジェクト名になっている。はじめはアーティストがつくるプロジェクトであったが次第に一般人も参加するようになった。"KLよサヨウナラ"フェスティバルに合わせ、まちに残る古い写真をまちのなかに展示したり、こどもたちとマッピングのワークを行ったりした。また独自のイベントやまちあるきデモなども開催。フェイスブックなどのソーシャルメディアを通して参加者を増やしている。
PSCAP   


※13  Lost generation arts space
2010年チョウ・キットでのプログラムに参加。2011年マジュジャヤ地区にてプレイグラウンドをこどもたち自身がつくるプロジェクトを実施し、コミュニティ、政府、アーティストの3者が関わる現場にて、ただ単に絵を描きにいくのではなく、コミュニティの持続可能な自立をサポートする活動が目的。現在活動拠点はもっていない。代表のヨーさん(Yeoh Lian Heng)は2012年3331アーツ千代田のプログラムで日本でのレジデンスに参加。

※14 Sasaran Art Association
Sasaran(ササラン)というのはマレーシアにある州の名前。ササランは小さな海辺の漁師まちであったが、90年代マレーシア高度経済成長期、クアラルンプールの大開発によって川の水が汚染。魚が減ったため住民は魚を捕って生計を立てることが不可能になった。それに伴いササランの人口は8000人から5000人に激減。地域を再生するため、ササランをアートビレッジにするという構想がアーティストのウンさんを中心に生まれ、その構想を実現するために結成された組織。2008年に国際アートワークショップを開催。8ヵ国、32人のアーティストがササランでホームステイを行いながらプログラムをつくった。2011年にはこれを発展させ"We Art Together"というアートフェスティバルを開催。17ヵ国60人以上のアーティストが参加。1000人以上がササランを訪れた。

※15 Projek Rumah Ibadat Kita(私たちの祈りの家プロジェクト)
ネットの公募によって集まった若者(18~26歳)が、宗教間の理解を深めるため3か月間にわたってクアラルンプール市内にあるブリックフィールズという地域でフィールドワークとリサーチ、ワークショップなどを行ったプロジェクト。3か月間の活動の成果として地域の宗教施設をめぐることのできる街歩きマップをつくり、それを用いてツアーを行う「ホーリーデイ(Have a Holi-Day!)」という企画を実施した。プロジェクトマネージャーはピコさん(リュー・ピクスボン)。ブリックフィールズにはさまざまな宗教の寺院や教会が混在しており、その寺院や教会へ聴き取りを行い地図を作成。「休日」の意味の「ホリデイ」と、宗教的な意味をもつ「聖なる=ホーリー」をかけたプロジェクト名。様々な宗教が日常的に同居しているマレーシアでは、若者同士がそれぞれの異なる宗教のことについて改めてディスカッションする機会は多くないが、このプロジェクトを通し若者がそれぞれの宗教について理解したり、話し合ったりする機会となっている。またブリックフィールズは娼婦街を有し、近くのゴムの木の農場で働く低所得者が多くくらすまちであり、レンガ工場で働く外国人労働者が多いまちでもある。本プロジェクトはマイナスイメージを持たれるブリックフィールズに人々が出会う機会づくりにもなっている。

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◯執筆者プロフィール
原田麻以(はらだまい)

1985 年東京生まれ。大阪西成にある NPO法人こえとことばとこころの部屋スタッフとしてカマン!メディアセンターの立ち上げ、運営を行う。震災後東北にてココルームひとり出張所としてささやかに活動。共著「釜ヶ崎のススメ」洛北出版、「福島と生きる」新評論など。