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コラム 2012.08.20

#14 藤森千夏(スタジオ解放区)

2002年の夏に初めてコザ・銀天街を訪れてから、10年がたとうとしている。薄暗いアーケードのなか、まばらな店舗、独特の雰囲気。最初に降り立った時の感触は今でも鮮明に覚えている。ここで自分たちになにかできるのかなぁと不安になりつつも街の人たちと会話を重ねるにつれて、底なしのコザの魅力にはまっていった。「なんで沖縄の中でもコザだったの?」「なぜ銀天街?」とよく聞かれる。必然というよりは偶然が重なって出会ってしまったからという方が近い。地元のおじぃに、「今度、アートイベントやるのでよろしくおねがいします!」と挨拶したら、「アートイ・ベントウ〜?あぁ弁当屋やるの、がんばってよ〜」と返事が帰ってきた。アートの“ア”の字もない場所で、よそ者、若者、馬鹿者と褒められ(?)ながら活動を始めた。戦後、特異な日常をおくってきたコザの街で、街を創ってきた人たちから街の話をきくことはとても刺激的であった。市場が今日はなんだか賑やかだなと思うと旧暦行事の日であり、旧暦文化を支える市場の日常から多くを学んだ。出会った子どもたちは、水を与えられないトマトのように真っ赤に自由にたくましく生きているけど健気で優しく、その存在感は強烈だった。そんなコザチルドレンにまた会いたくて、アートプロジェクトと称して通っていたが、「帰るならくるなぁ」とひとりの男の子に言われ、あの子たちと本気で何かしてみたいと考え、活動拠点を沖縄に移し、2005年に林僚児とともにスタジオ解放区を立ち上げた。

スタジオ解放区としての最初の夏に、アサヒ・アート・フェスティバルに参加することができたのは幸運だった。コザチルドレンや街の老若男女みんなで「シチグヮチ」というおまつりをつくった。シチグヮチは旧暦7月のことで、旧盆の時期を意味する。全身全力でコザチルドレンと向き合ったあの夏は、2度と体験できない永遠の夏休みとして刻まれた。活動を続けるにつれて、コザに興味をもつ沖縄のアート関係者や面白い活動をしている人とつながっていき、内地から繰り返し滞在制作にくるアーティストも増え、様々な展開を生んでいった。商店街、銭湯、映画館、黒人街跡、越来城跡、コザの街全域、歴史や文化そのものを舞台にプロジェクトを行なっていった。コザの歴史文化、人の混淆を意図する「コザクロッシング」では、コザのルーツを辿り、本部(沖縄北部)との市場交流や多国籍なコザの街からアジアとのクロッシングを模索。福島いわきでの滞在制作で出会った、市民歴史研究家との沖縄のエイサー文化の始祖を巡るアートプロジェクトが、今や個人や団体を越え、いわき市と沖縄市(コザ)との地域ぐるみの交流に発展している。AAFネットワークにも助けられ、コザを拠点に活動が広がっていった。

AAF2007での企画、映画時間をきっかけに誕生した〜老若男女の学びと交流の場〜「コザ銀天大学」では、地域の匠が師となる“寺子屋講座”などを行ない、商店街の交流拠点として定着している。地域を巻き込み、地域に巻き込まれ、気がついたら、この街で2児の母になっていた。子どもができてから、市場のおくさんたちとの距離がグッと近くなった。親も親戚もいない土地での子育てで、日常的に気にかけてもらえるのは心強い。長男が生まれた頃、銀天街のアーケードが老朽化のために撤去された。出会った時からコラボしてきたクリエイティブなコザ創世代が次々と他界していく。時同じくして、市場にベビーラッシュが起こり、アーケードの代わりにカラフルなオーニングが軒を連ね、10年前に出会ったあの風景は記憶の風景になった。街は生き物のように代謝していく。

街の代謝にシンクロし、銀天大学に子育てママとbabyたちの居場所となる“えほん館”を併設。最近では、“おばぁちゃんと遊ぼう”も行ない、しまくとぅば(島言葉)をつかった昔遊びなどを通して多世代交流の場を形成している。銀天大学の事務局も担当しているので、老若男女とのコミュニケーションを重ねる日常である。沖縄に通いだした頃は、あたりまえの多世代交流にカルチャーショックを受けていたのを懐かしく思う。子育てもプロジェクトも仲間に助けてもらいながら感謝の日々。面白い大人に囲まれて育っている長男(4歳)は、コミュニケーション能力がどんどん高くなっている気がする。

解放区を共につくってきたメンバーに加え、新たなクリエイティブなメンバーや協力者も集結してきている。コザの新しいアートスペースも増え、街全体でアートの求心力が高まってきている。戦後の沖縄文化を生み出したコザの街の潜在能力が再びスパークすることをイメージし、いままでの経験値とネットワークを活かして面白いことを仕掛けていけたらと思う。旧暦×アート“シチビアート”を展開させ、旧暦文化圏のアジアとのクロッシングなども実現させていきたい。その現場には、今でもふらりと遊びにきてくれる大きくなったコザチルドレンも巻き込んで、更なる〜老若男女の美術庭〜「スタジオ解放区」を模索していきたい。

※スタジオ解放区には、「漂流レジデンス(滞在制作所)」があります。長期で活動に参加してみたい方募集中!お問い合せは下記のメールアドレスまで。

koza.kaihou9@gmail.com

 

fujimorichinatsu.jpg藤森千夏

1978年生まれ。東京造形大学絵画科を卒業後、2002年に沖縄での活動をスタート。2005年に老若男女の美術庭「スタジオ解放区」を立ち上げる。土着の記憶や民俗を作品化するコザクロッシング シチビアートを展開。コザ十字路銀天街に「漂流レジデンス(滞在制作所)」や「コザ銀天大学」などをつくり地域とアートの交流拠点を生みだしている。
最近の悩みは、AAF では藤森千夏のままだが、結婚後、沖縄では林千夏が定着しているので、なんだかややこしいこと。
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