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コラム 2012.07.20

#13 海子 揮一(対話工房)

深夜のサービスエリア。
ペガサス号*のエンジンを止め、つかの間の休息。
窓の外には林の奥に広がる深い闇。都会の煌めく夜の光跡を脳裏に残し、瞼を閉じる。

震災の夜、街の向こう側に立ち昇る巨大な火煙を見た。海岸線の闇の下では無数の人々の生命が厳しく瞬いていただろう。だが高台からその光景を眺めていた私は一個の生命体でしかなかった。他者の命に関われない無力感と自己の命の充足。その葛藤に晒され震災からの日々を過ごした。逃避、争い、家移り、事故、出会い、別れ。また震災は日常が非日常の積み重ねであることを私に教えた。そして日常の延長線上にあった「未来」に違うニュアンスを与えた。

2011.4.16女川。かつて設計した建物の跡に私は呆然と立っていた。そこに「あの建物は最後まで津波に耐えていた。いい設計のおかげだよ、海子さん!」と力強い声が耳に届いた。振り返ると瓦礫の荒野に立つオーナーの澄んだ空の様な笑顔があった。

人は全てを失っても目の前の者に何かを捧げずにはおれない。そんな人の善性と尊厳に触れた気がした。先が見えない荒野の中でも、捧げる他者の存在が「私」を照らし、共有される未来へと互いを導く。

人は荒野を歩く。
しかし嵐を避け、疲れた体を休め、他の旅人と語らいをし、次なる目的地へと糧を得るオアシスがなければ旅は続かない。
ヨーロッパ各地には中世から残る「巡礼者の宿」があるという。旅する者の宿だけではなく、病を得たものは看護を受け、戦争で街を追われた人々も受け入れた。現代の緩和ケア、ホスピスの起源である。
今の社会にもそんな「巡礼者の宿」のような場所が欲しいといつも考えている。その模索と実践がこれまでのアート屋台や火を囲むカフェだ。これらは仮設の場ゆえに、「宿」側の者もまた巡礼者の一人であるという二重の意味と、人と人が「個として出会う」鮮やかさがある。

誰もが確かな関係を築き平穏に暮らしたいと願う。友人、恋人、夫婦、親子。だが時としてその関係でしか相手を見ることができなくなる。相手の像を自分の型にはめ、その虚像に語りかける様になる。気づいた時には相手が発する細やかな声や表情を見失い、相手を大切に思う心さえも忘れてしまう。それはもう暴力でしかない。他者を見失うことは、隔たりを忘れることでもある。隔たりこそが人を表現と対話に向かわせる。

対話は他者によって互いの中の虚像が壊され、常に更新されることで成立する。
生まれ来る子供のように、未来は共に寄り添い歩みたいと願う他者との対話を続けていく中でしか触れられないと思う。
それは人と人の関係だけではなく、人と自然においても同じだろう。

キーをひねる。
エンジンが目を覚ましボディが脈動する。アクセルを踏み込み、北に向かうハイウェイに再び戻る。
手探るように目を凝らし闇に向かってスピードをあげる。夜明けはまだ遠い。

日常と非日常を行き来し、そこに立ち現れた人や街や自然という他者に触れる。
それらは未知の領域へ踏み出した今を歩む、明日への確かな道標となる。

旅はまだ始まったばかりだ。


pegasus.jpg
*注)ペガサス号:対話工房が持つキャンピング車。移動と対話のツールとして地域を越えて人を結ぶ。



DSC_0218.jpg海子 揮一
建築家/対話工房 代表
1970年宮城県生まれ。アジア・ヨーロッパ各国の民俗建築を巡る大陸横断の放浪を経て、建築設計の実務に携わる。設計事務所を主宰しながら、並行してアート屋台プロジェクト(宮城県大河原町・2008年-)、対話工房(宮城県女川町・2011年-)を立ち上げ、人と土地の新しい関わりの場を作り続けている。