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コラム 2012.05.27

#11 田島 史朗(隠岐・アート・トライアル)

『砂鉄の物語』は、2008年に外浜海岸で砂鉄だまりを発見したことから始まったアートプロジェクトである。島内外での砂鉄の採取や、雲南市吉田町にて近代たたら操業に参加するなど、砂鉄にまつわる物事を調べていた中で、島内の砂鉄を使ってタタラ操業を試したことがあるという、刀鍛冶の沖光さんに出会う。ここから物語は大きく展開した。「タタラの話を聞きたい」という私に、少し冷たく「何も残らんかったからやめた方がいいですよ」と話し始めた。戦後、刀に使う玉鋼が手に入らなかった時代に、目の前にある砂鉄で沖光さん自身もタタラを試みたという事だ。また戦中にはその砂鉄を本土に輸出していた期間もあったと教えて頂いた。

その後、外浜の砂鉄を集め、10時間程度のたたら操業を行い、還元された微小の鉄を手に沖光さんを再訪した。「どんな鉄か調べてみましょう」とグラインダーを回し、炭素の含有量を調べて頂いた。採れた鉄は鋼と呼ぶには少し炭素量の少ないものだったが、私たちには満足いく結果となった。また普段閉じていた沖光金物店を1日だけひらくことができた。金物店は野鍛冶を中心とされている。隠岐は離島だから、めのは鎌(わかめ鎌)やサザエやす、イカ割り包丁といった漁具が豊富だ。金物店が開かれると噂を聞いた地元の方々が、我先にと買い物に来店し、お店は久しぶりに賑わった。

島での活動を続ける事で、道具や物事を取材することはいつしか、人を訪ねることと同じだと気づいた。道具は買って使うだけでなく、改良し、また使い方が偏ることでそれぞれ違った表情が現われる。また特殊工具として発注することも、自ら作ることもある。暮らしや産業で扱われるこれらの道具は、日常に密接に結びついたものが多い。そのためか、意識されることもなく忘れ去られてしまう。これらを追いかけることから、島の人々の営みが浮かび上がってくるのではないかと考えている。そこには地域性や社会性が内包されている。

2012年春、いわがきの養殖を日本ではじめて成功させた中上さんと宮地さんを取材した。牡蠣を割る鉈(なた)は、なんと軽トラックの板ばねから加工していた。宮地さんは、エアー工具を使用している。お二方とも、道具について熱っぽく語られていた。
かなぎ漁名人の西木屋の才吉さん(89歳)は現役漁師である。かなぎ漁とは小さい船に乗り、箱メガネでの海底をのぞきながら長い柄のついた様々な漁具で採る漁法だが、道具は沖光製を独自に加工して使っていた。アワビ鉤(かぎ)に使われる自在に動くバネ部分には、『おさ』というものを使われていた。『おさ』は、別名エンバ。クジラのヒゲ部分を加工したものである。これらをゆっくりと説明してくださる才吉さんに、停めた船で構わないので、漁の様子を実演して頂けないかとお願いすると、才吉さんは、何かものすごい衝動に駆られた素早い動きとなって実演してくれた。「空のサザエじゃあつまらん」と文句を言いながら、楽しげにこぼす笑顔が忘れられない....

なぜ隠岐(AAF)なのか?

よそ者の私が、隠岐で活動していくにはこの問題を抜きには歩めない。初めて隠岐を訪れたのは2001年の春だったろうか、言いかえれば答えを探し求めるような10年だった。離島の持つダイナミックな自然や、おいしいイカなどに惹かれ、そして島で営まれている物事や歴史、風土へと興味は広がり、取材も重ねた。しかし今は、物事を通して『人』への興味が尽きないからだと感じている。ダイナミックな自然も、現在進行している廃屋活用に関しても、それぞれの地域の個別の事象であり、結局はどこにでもある話かもしれない。しかしそこに関わる人々にとっては代えがたいものだし、関わっている人にこそ私には面白さを感じる。そこには地域性と普遍性をごちゃまぜにした魅力があふれている。

もうしばらく隠岐に通い、そして人の物語を紡ぐ活動を続けていきたいと思う。

 

※ 砂鉄の物語 http://satetuno.exblog.jp/美術家 岡田毅志と田島史朗で行われているアートプロジェクト。2009年のたたらの操業、2010年沖光金物店を開く、2011年砂鉄、炭焼き用の松材などで立体物を制作する。2012年は「道具と人」をテーマに活動を継続している。また隠岐西ノ島の旧美田小分校等の活用なども含めた試みも行っている。

 

20120330_2595.JPG田島 史朗

彫刻家 / アートディレクター / デザイナー / 横浜在住。 群馬県桐生市生まれ。多摩美術大学入学後、他物との関わりから生まれる変化に着目し様々な表現行為を行っている。卒業後、奄美大島に移り住む。その後アジアを周遊し、東京に戻る。2000年同大学助手、2004年ポーラ美術振興財団財在外研修生としてイタリアにて研修(〜05)、2006年〜Atelier Ardiglione、2011〜多摩美術大学非常勤講師1999年〜「AQUART」(鹿児島県奄美大島)、2007年〜「外浜まつり」島根県隠岐郡西ノ島町)、2009年「ART LINK PROJECT」(岡山県笠岡諸島)、2011年〜「隠岐アートトライアル」島根県隠岐郡西ノ島町)(AQUART・隠岐アートトライアルArt Director)