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レポート 2012.02.15

2011交流支援プログラムレポート05「沖縄コザの記憶から横浜若葉町を想う その2」


AAF参加団体、ネットワーク団体の担当者が交流する「地域間交流支援プログラム」。それぞれの現場やまちの空気にふれながら、たがいの現状をゆっくりと話し合い、アイデアやノウハウの交換を行うことができるように、と始まりました。現在では、新しい視点を獲得することで、あるいは別の視点が持ち込まれるによって、これまでにないプロジェクトが立ち現れようとしています。
今回のレポートは「ART LAB OVA」の蔭山ヅルさんです。

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<レポート>

お惣菜屋のおじさん、銭湯のおばあちゃん、化粧品屋のお母さん、銀天街のボランティアさん。
 
一年ぶりの再会に、ささやかなお土産などを用意して、こちらは、ドキドキしていたのだが、コザの人たちは、誰も大げさに感激などしてくれない。
だけど、ちゃんと覚えてくれていて、まるで昨日も会っていたご近所さんのように、自然に受け入れてくれた。
人の出入りには慣れているのだろうか。
ブランクなどないかのように、継続している時間の中に今日の関係がある。
私たちが何かをしても、しなくてもいい。
いなくてもいいし、でも、いてもいい。
そんな雰囲気の中、今回は、あまり気負わずに過ごした。
 
まず、前回はフィールドワークに一生懸命で、ほとんど体験することもなかったスタジオ解放区と銀天大学の活動に参加してみた。
生まれてはじめてのヨガ体験に、こども美術教室。
週末には、沖縄国際カーニバル2011「コザ絵巻パレード」に飛び入り参加し、ミルク様の仮面をかぶってそぞろ歩いた。
そして、林僚児氏に、スタジオ解放区の「今まで」と「これから」についてインタビューした。
 
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沖縄国際カーニバル2011「コザ絵巻パレード」(右後方の「みるく神」がオーバの二人)

もちろん、今回も、何人かの地元の方々にインタビューをさせていただいた。
元活動家だったという1971年生まれの公務員。
コザ騒動当時、ゲイト通りで米兵相手の時計と宝石店を営んでいて大損をしたという1947年生まれの元メガネ屋さん。
基地内で働いていたアメリカ人の父と日本人の母の間に1950年に生まれたハーフの会社経営者。
そして、コザの「パンパン屋」の子として育ち、現在は喫茶店を営む1947年生まれの女性。
コザに生まれ育った人たちは、それだけで、コザというステージに立たされているかのように、それぞれがディープな歴史と物語と共に生きている。
 
最終日の夜の交流会の後、昨年インタビューをさせてもらった、元八百屋のおじさんは、オーバのフィールドワーク写真に大層興奮して、コザ十字路から抜け出れないほど酔っ払いながらも、周辺の社交街を案内してくれた。
このとき、蔭山が、昨日聞きかじった「パンパン屋」という言葉を発したとたん、元八百屋のおじさんは、声を荒げた。
「沖縄でその言葉はいってはいけない!」
「あの女性たちも、みんないっしょなんだ。家族なんだ」
先の喫茶店経営者の女性がいっていった言葉を思い出した。
「当時ほとんどが周辺の離島出身の30代〜40代の女性でしたよ」
戦後のセックスワーカーたちの多くは、若い女性たちではなかったのだ。
 
その後、腰を落ち着けた居酒屋で、元八百屋のおじさんは言った。
「4年前、AAFの帰りに、横浜でアートを利用したまちづくりの事例を見た。アートを、あんな風に何かに利用してしまっていいのだろうか?それがショックで、あれ以来AAFに出席できていないんだ」
 
翌日、コザから車で空港まで送ってもらい、飛行機に乗って羽田。そこから、京急で黄金町へ。
6時間以上かけてやっと自分たちの町に降り立ったときに、「あ、またコザに戻ってきちゃった」と思った。
前回は、感じる余裕もなかったこの不思議な感覚。
やっぱり、「コザ」と「ハマ」は、似ている。
 
今回の滞在で、2000キロ離れた隣町コザの40年前だけでなく、「現在」と「これから」も気になりはじめた。
 
来年も、きっと、このパラレルな日常の続きが待っているような気がする。


フィールドワーク中に撮影した写真から抜粋
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 公園内での「危険行為禁止」の看板

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昨年みつけた「へんてこなお庭」の家を再訪

▼インタビュー 
沖縄コザ・スタジオ解放区、林僚児インタビュー1「スタジオ解放区これまで」 
沖縄コザ・スタジオ解放区、林僚児インタビュー2「スタジオ解放区これから」 

▼2010交流支援プログラムレポート11 「沖縄コザの記憶から横浜若葉町を想う」 


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<開催概要データ>
[企画名]「沖縄コザの記憶から横浜若葉町を想う その2」
〜戦争、進駐軍による接収やそれにともなう歓楽街の盛衰など、若葉町とコザの共通の歴史について、スタジオ解放区のスタッフと共に町に出て住民の話を聞くフィールドワーク〜
[実施日] 2011年11月24日(木)〜11月30日(水)
[招聘者]スタジオ解放区【沖縄県沖縄市】
[訪問者]ART LAB OVA アートラボ・オーバ(スズキクリ+蔭山ヅル)【神奈川県横浜市中区】

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<タイムテーブル>
◎11月24日(木)夜コザ着 
◎11月25日(金)〜11月30日(水)フィールドワーク
◎11月26日(土)沖縄国際カーニバル2011「コザ絵巻パレード」に参加
◎11月29日(火)19:00〜0:00 交流会+二次会+三次会 ・会場 銀天街の街の駅「ターブックワー」

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オーバマーク小.jpg
<執筆者プロフィール>
蔭山ヅル(ART LAB OVA/アーティスト)
1996年アーティスト・ランの非営利団体ART LAB OVAを設立し、アートプロジェクトを継続している。