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メッセージ 2012.02.22

#09 安岐 理加(路地と人) 

 

どこで行きたおれてもよい旅人ですら、妙に、遠い海と空とのあはひの色濃い一線を見つめて、ほうとすることがある。(中略)ほうとしも立ち止らず、まだ歩き続けている旅人の目から見れば、島人の一生などは、もっともっと深いため息に値する。かうした知らせたくもあり、覚らせるもいとほしい、つれづれな生活は、まだまだ薩摩潟の南、台湾の北に列る飛び石のような島々には、繰り返されている。 
【折口信夫「ほうとする話/祭りの発生その一 より抜粋」】 

 

今年のお正月に、かねてよりご縁のある山の町をたずねてきました。ここのところ、その町をおとずれる度に、ある掛け軸にご対面するために知人のお宅にお邪魔しています。私が惚れ込んでいるその掛け軸は、その家の主の方がまだ子供の頃おばあさんがどこかから貰いうけたか授かったかで、そのご自宅の母屋の奥にまつられています。お宅にうかがうと大抵、すぐに奥の部屋に入って掛け軸を拝むのではなく、茶の間でお茶をいただき、おやつをいただく、そうしているうちに主の方の昔よく遊んだことや若い頃やんちゃしたことの話が始まります。そういった話の隙間から、林業で栄えていた頃この辺りがにぎやかだった様子、むこうの山にはまだ塩の道が残っていること、あの祠の上の岩場は昔行場だったこと、などという土地の事が垣間見え、またそうかと思うとその方が物心ついたときからおばあさんがことあるごとに掛け軸を拝んでいたエピソードなど、話は尽きないわけです。この日もそんな風にお茶をいただき、いろいろなお話に花が咲き、私はずっとそれに聞き入っていました。そうしてやがて掛け軸を拝もうと部屋のほうへ歩みを向けたとき、その方のお孫さんに「おねぇちゃんも、ぱんぱん、するん?」と声をかけられました。おむつもまだぜんぜんとれない幼子が、手を叩くしっかりとしたその仕草に含まれたいろいろなことに、なんというか、日常とか地域とか血脈とかを区分なしにひとつの塊になったものをぽんと手渡されたような感覚を覚え、そのことはいまでも重量を保って私の腑に残っています。

 国文学者であり、民俗学者であり、歌人、詩人でもある折口信夫は、かつて沖縄の島々を訪れ、その土地の人の暦にもしがらみにもとらわれないそのありのままの暮らしに心を打たれながら「我々の血の本筋になった祖先は、多分こうした島の生活を経て来たのだと思われる。」いい、また「村には歴史がなかった、過去を考えぬ人たちが、来年、再来年を想像したはずはない。」といい「予め考へる事の出来る時間があるとしたら、作事はじめの初春から、穫(と)り納(い)れに到る一年の間だった。」と。つまりそこに一年という考え方が発生したのは、漂流する生活から定住する生活への移行であり、作事であり、それを脈々と刻み付けていったのが、作事にまつわる「祭り」であると、その根拠を古い書物からは勿論のこと、民が詠んだ歌や、古い地名の「おと」のようなちいさな囁きから紐解き、謎を謎の森に誘い込むような話しを残しています。

AAFは過去を振り返り、これから先の未来へ希望を抱く「今」という時間のなかでの地域に住まい、それぞれの日常から端を発した祭りの集合体であり、今の社会におけるそれぞれの地域の多様性を認め、受け入れた末に成立する有機的な組織であると思っています。
その組織は、おおきな力も、ちいさな力も、多数派も少数派も同居し起きている事を共有しているからこそ、様々な出来事に対応し、予期しないところに予期しない新種の種が発芽する可能性を孕んでいるのではないかと思っています。

私はいつの間にか気がついたらその祭りの発生の現場に居ました。そうして現代社会におけるちいさな囁きに出会い、狭くて深い社会と個人の隙間に、いつまでも手がとどかずに歯ぎしりしてばかりです。
それでも、彼(か)の翁たちが野を歩き、山を越え、ひとと出会い、夜通し対話し、慈しみながら、話を紡いだように、そのちいさな隙間と対話し紡ぎたい。そして、そのひとつひとつの物語を誤読することなく他者へ届けたい。

ということで、凝りもせず、また私は山へと向かいます。

 

 

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安岐理加(あき りか)

美術家/路地と人の人/堂々めぐり。香川県小豆島生まれ。道を歩いたり、人との対話から見えてくる土地と人の関係性に視点を注ぎつつ、立体作品、写真、映像、文章、音などを媒体に国内外のレジデンス、プロジェクト、展覧会に参加し表現活動をおこなう。主な参加展覧会に、「wanakio2005」(那覇市 えびす通り商店街)、2008年「神山アーティストインレジデンス」(徳島県神山町)、「wanakio2008」(那覇市若狭地区)、2009年「SOUVENIR 25 Artists in Residence at GlogauAIR」(ベルリン)、2010年「瀬戸内国際芸術祭」(香川県小豆島)、こうふのまち芸術祭、2011年 かれいざわアートICHIBAのプロジェクトにて青森県王余魚沢にレジデンス滞在。2010年よりオルタナティブスペース「路地と人」を6人で企画、運営に携わっている。2011年は「路地と人行商プロジェクト 販女(ひさぎめ)の家」と称して沖縄、徳島、水戸、大阪、青森を地域の人と関わりながら短期間のアートプロジェクトによる行商をおこなう。