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メッセージ 2011.12.27

#06 53235(こうふのまちの芸術祭)

私はいま、メキシコの南、グアテマラの東にある中米ベリーズというカリブの宝石とよばれる四国サイズほどの国のプンタゴルタという町で美術の先生をしている。かつてマヤ文明が栄えたこの土地ではゆっくりだが確実に開発が進行し、それと比例して手仕事が消失している。

アメリカナイズされたメイドイン中国の粗悪な安い品々がまるで手品のように手仕事を奪っている。お金をかせぐため村は観光化し、観光客向けに生活とかけ離れた工芸品をつくる女性たち。観光のため、壊される自然。電気のない村から往復8時間かけて登校する生徒と最新の携帯を使いこなす生徒に美術指導するため金持ちな国から派遣された私。

発展は私には止められない。それを止めたいわけではない。けれど尊いものが確実に失われているのを傍観者でいたくない。私の考えは自分勝手で行き場もないし、答えもない。でも、だからこそ自分の感覚に忠実に素直になりたいと思う。自分が平和でなくて、世界平和なんて歌えないじゃんか。自分が楽しいと感じる事をしたい。おかしいと思う事は反対したい。自分の故郷を盛り上げたい、地球の自然を守りたい。原発を止めたい。とっても複雑な社会になすすべもなく、考えすぎて立ちすくむ、そうして、私はやっぱりアートを、する。

2011年9月。私は作家として「こうふのまち芸術祭2011」に参加し、一枚のブラウスを日本へ送った。’’NEEDS’’というタイトルのそのブラウスには、年齢、民族、性別、国籍、職種のばらばらな約100人の生きるために必要なものの答えを刺繍した。別の価値観を共有することって想像以上に困難だ。だから、わたしは作品を通して、そのプロセスから人とつながり、異なる価値観の共有を試みる。分かり合うなんてうそだ。だけど相手を知るきっかけができる。アートが魔法をかけてくれる。

いままで、アートに興奮し、突き落とされて、ふりまわされて、救われてきた。きっとこれからもアートはやさしい付き合いなんてしてくれないだろう。のぞむところだ。言葉にならない想いを、おさえきれない感情を、アートと抱えて生きていこう。

 

NEEDS

 

 

 

 

IMGP5659.JPGのサムネール画像

53235(五味文子/Gomi Fumiko)

 

1983年山梨県甲府市、創業130年の甲州味噌屋にて誕生。中学生時代、島国日本と逆の文化を求め、内陸国ハンガリーへ一年留学。ステンドグラスやハンディークラフトを学ぶ。伝統工芸に魅了され、日本の伝統工芸を守るべく沖縄県立芸術大学工芸科へ入学。しかし生活とかけ離れてしまった伝統工芸に疑問を感じはじめる。そんな中AAF参加企画wanakio2003にボランティア参加、生きたアート、現代美術にのめりこむ。「なんてこったい!視点ひとつで日常はパラダイスじゃんか!アートやったら大人になっても遊びつづけられるらしい!」単純で純粋な乙女だった私は、自らも街なかで遊びはじめ(ケイドロ)、演奏をはじめ(ケイドロック)、糸を紡ぎ(織物専攻)、オルタナティブスペースを運営し(コテフ)、東京にでてからは謎の金のオブジェのある怪しい建物内での仕事を得て(アサヒアートスクエア)、そこで日々みせつけられる自己表現に嫌気がさし、沖縄に逃げかえり(wanakio2008)、しかし優しくて一風変わった上司たちのおかげでアートスクエアにカムバック(感謝)、イベント企画をやらせてもらうようになり、2010年AAF参加企画「こうふのまちの芸術祭2010」代表を努める(現在も幻の代表)。終わってソッコー、ベリーズへ。生活を豊かにするためのアートを思考錯誤しながら青年海外協力隊で美術の先生してます。