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コラム 2011.11.27

#05 花田 伸一(槻田小学校おやじの会/八万湯プロジェクト)

かつてのスポーツ選手は根性論で歯を食いしばって苦しい練習に耐えて耐えて本番に臨むものでしたが、今は全く逆で、いかに脱力してリラックスできるかが大事だということはよく知られています。必要以上の力みは人の本来持っている能力を妨げるからです。
とはいえ「自然体」を身につけるのは結構難しいことです。どんなにリラックスしているつもりでも、必ずどこかに不自然な力、無理な力が入ってしまいます。力を抜くためには力を抜くための練習が必要で、放っておいて自然体が自然に身につくなんてことはありません。
一般的には「がんばること」は評価されても、「脱力すること」つまり「自然体であること」が評価されることはあまりありません。自然体であることは見た目の派手さに欠けることが多いので、「やる気が無い」こととの見分けがつきにくく、評価されるどころか場合によっては非難されたりもします。
しかし私たちが子どもたちにどんな将来を残せるかを考えると、私たちはこれまでのようにどんどん足し算を繰り返すばかりの社会を続けるわけにはいかないことは明らかでしょう。交通網や通信網が発達するほど、私たちはそれらを使いこなすどころか振り回されつづけ、かえって新たな欲望や不安が増すばかりです。そうして欲望と不安とをひたすら煽りつづけてきた社会がどのような結果をもたらしたかを私たちはすでに知っています。もはや私たちは「がんばりつづける」わけにはいきません。
私たちはどのように引き算していけるかについてもっと考え、話し合う必要があるでしょう。より遠く、より速く、より多くを望むかわりに、より近く、より遅く、より少ないことに価値を置くという発想の転換が必要です。自分の家から歩いてまわれる範囲で、平凡な日常の中に楽しみを見出しながら、互いに顔の見えるどうしの繋がりを保っておくことが、いざというときにも町の子ども達や地域、そして大事な家族を守ることに繋がるのだと思います。
がんばることに慣れてしまった私たちはすぐには平凡さには馴染めないかもしれません。自然体が自然には身につかないのと同じように、平凡さを身につけるためにはそのための練習が必要です。その一つの取り組みが「大人の図工時間 the land school 2010-2015」でのささやかな活動です。子どもたちが私たちの背中を見ながら「大人になるって楽しそうだな。なんだかカッコ良いな」と思えるような社会を皆で作れたら良いなと思います。肩の力を抜きながら。

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以上のようなことを昨年のドキュメント『大人の図工時間 the land school 2010』に書きました。アートと呼ばれるものに世間から期待されるのは特別なことや非日常的なことであるのに対して、私の活動は日常的で平凡なことばかりですから、AAFの中でも特に不思議なものと思われているようです。私は特に難しいことはしていません。誰にでも真似できることばかりです。でも私はなぜそれに「アート(図工)」という名をつけ、アートを語り合う場であるAAFで発表しているのか。逆にいえば、AAFの人たちはなぜ私の平凡な活動に眼差しを注いでくれるのか。その辺りは実は自分でもまだよく整理できていません。この謎についてAAFという場を通じて色々な人たちと話ができれば嬉しいです。

 


hanada_up2_blight.JPGのサムネール画像のサムネール画像1972年福岡市生。福岡県北九州市在住。北九州市立美術館学芸員(1996〜2007)を経てフリーランス。2011年よりNPO法人創を考える会・北九州。2009年チェンマイ「the land foundation」滞在後に北九州にて始めた地域活動「大人の図工時間 the land school 2010-2015」でAAFに参加。AAFの集まりでは隣にある墨田区役所のギャラリーでアマチュアの団体展を見るのが楽しみ。