AAF2008地域間交流プログラム「松山・三津浜=東京・向島」交流編レポート_見つめ合う地域
各地域間の自発的な交流を促すために、AAF2006より実施している”地域間交流プログラム”。
各地の現場やまちの空気にふれながら、担当者同士、あるいは実行委員と担当者がお互いの現状をゆっくりと話し合い、アイデアやノウハウの交換を行う交流の場が全国各地で生まれています。
AAF2008でも、採択された地域間交流プログラムが実施されつつあり、第1弾として「松山・三津浜と東京・向島」との交流レポートをお届けします。
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AAF2008地域間交流プログラム「松山・三津浜=東京・向島」交流編レポート_見つめ合う地域
2004年、私たちが曽我さんと出会ったのは全くの偶然。築90余年蔵を拠点として整備しつつあったカコアの田中教夫が、同様に古い倉庫を活用していた現代美術製作所のHPをたまたま見つけて訪ねたのが初顔合わせだった。AAF2005で再開、曽我さんとかかかわりの深い「とりのマーク(通称)」の公演を松山でおこなうなど、ジワリと交流が深まった。徳永が、AAF2007の成果を現代美術製作所に観にいったときに、双方が作品制作を通した交流の希望を持ったことが今回のプロジェクトの直接のきっかけである。AAFの地域間交流を利用して、四国未体験の曽我さんにまずは三津浜に来てもらって、向島のアートプロジェクトの話を聞いて併せて制作した映画を見せてもらおうということになった。
梅雨の晴れ間の蒸し暑い日に、曽我さんは松山空港に降り立つ。とるものもとりあえず三津を二人でまち歩きした。さっそく向島と共通する課題を発見。高齢社会、古い文化的資産の無原則な破壊、閉まり続ける個人商店。利便性と歴史的文化の相剋などなど。重い課題を再確認しつつ、トーク&上映会「見つめ合う地域~「松山・三津浜=東京・向島」交流編~」は、アート蔵で始まった。参加者は、まちづくり関係者、行政関係者、文科系NPO、地元住民、アーティスト、マスコミ
関係者など約30名。向島でのアート活動を紹介する曽我さんの熱のこもった語りにみな巻き込まれていった。とくに、東京―地方とか東京―松
山とかの従来の括りを飛び越えて、向島―三津浜という交流のなかから生まれてくる価値と課題があるのだと気付かされたのは大きかった。いずれにしても、ある地域で蛸壺化しがちなアートプロジェクトを開き続け交流し続けるのが大切なことなのだろう。参加者の反応であるが、とくに松山市の職員がアートのカテゴリーとその敷居の高さを指摘したのに対して、曽我さんが、アートはそれ自体自由であり、また人を自由にする、と語り、賛同を得ていたのが印象的だった。
上映された映画は「SECTION1―2―3」(品川亮監督)。変貌し続ける向島を、スケートボーダーと地域との交流の視点から、描いた40分余りの作品。うーんわからん、という素直な(?)反応もあったが、地域の視点と尖ったアートの視点が軋みあいながら融合した作品との評価が多かった。お酒の入った交流会では、お互いの思いが爆発、楽しく語り合った4時間であった。
翌日、曽我さんには、三津駅舎の中心としたカコアのプロジェクト制作の過程を現場で見てもらい、昼食は鯛やの鯛飯。開催中の「わが家のイヨテツ物語」も見学。さんざん三津浜を引きまわした。AAFでの出会いをきっかけに、向島と三津浜の永い伴走がはじまる予感が高まった二日間であった。
交流はこれが手始め、12月7日(日)には、松山市出身の映像作家杉田このみが向島と三津浜をテーマにした映像作品やAAF2007、2008と2年続けてカコアの招待作家である山内知江子の三津駅舎をテーマにした映像作品を向島で上映、徳永も加わる予定である。
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見つめ合う地域〜「松山・三津浜=東京・向島」交流編
(現代美術製作所/NPO向島学会理事)【東京都墨田区】
6月28日
14:00~16:30
トーク・・・曽我 高明 氏
上映会・・・SECTION 1-2-3(監督:品川亮)
三津浜【アート蔵】(松山市三津1-10-8)
<執筆者プロフィール>
徳永高志
1958年岡山市生まれ。劇場や文化施設の歴史研究を生業としてきたつもりが、カコアを立ち上げてまる4年、「こんなはずではなかった」「アートNPOなんて地方都市では無理」と叫びながらも、何とかプロジェクトを継続。このごろは、他地域で「アートマネージメント」を講じなくてはならない場面も増え、ますます深みにはまる毎日。