コラム各地からの「もの」便り
vol.14
『お・お・え〜さんぽびとのつれづれ思うこと〜』
水口菜津子さん(大枝アートプロジェクト実行委員会)
大枝03
京都府京都市
その日訪れた大枝は夜だった。
私の今通う大学のある場所大枝。受験生の私は友達に連れられ真っ暗な道を歩いていた。道の両脇は何にも見えない。深い深い闇。「お墓でもあるんちゃうか・・?」想像しながら怖がっていた。(本当は柿畑と春にはれんげ畑の広がるところ・・・) 次に訪れたときは大学の入学書類の提出日。前に来たことあるし大丈夫と訪れたにもかかわらず、1時間以上も迷う。(近くのニュータウンの道は迷路のようなのである・・・)時間に遅れそうになって泣きそうになりながら何人もの人に道を聞くが、なかなかたどりつかない。そしてぎりぎりになってようやくたどり着いた裏門は閉まっていたのだった。どうしよう回ろうか・・と悩んでいると、悠々と畑仕事をしていたおじさんが顔をあげ「そこによく学生が使ってる抜け道があるよ。」とにこりと教えてくれたのだった。
入学早々の私は無駄に早く大学に来てぼんやりするくせと、早々と授業から帰り大枝を散歩するくせがついてしまっていた。できるだけ細く、道らしくなく、それでいて心地良い道をただこころのおもむくままに歩く。農家の店頭販売が点々とある大山崎街道。昔からこの地にある丹後に続く人々のゆきかう道。山に向かって細い曲がった急な坂道がいくつも通る。斜面には手入れされた美しい柿畑。のぼっていくと遠くに京都タワーが見えるほどの見晴らしの良さ。猿やいのししも出現するらしい。ゆっさゆっさと風に揺れる竹やぶがあちこちに。広がる田んぼや畑。ふわぁーと流れてゆく大枝の風とその時間はいつもなぜか私をここちよくさせた。旅人気分!しかし目に映るものは人も生き物も時間さえも一様なただの良い風景だった。
そのころまた大学をはさんで大枝と対極の桂坂にたびたびバスを乗り間違えて訪れていた。新しい住宅が斜面に並ぶ。いつでもこころ細く迷子になれる町。運よくみつけた坂道を降りていくと大学の面する交通量の多い国道9号線にたどり着く。またこの道から丹後に抜ける縦貫道に行くことができる。そこにつながるという京都第二外環状道路・・高速道路建設の話をそれから1年後ある授業で聞くこととなる。そしてその後のフィールドワークをきっかけに大枝の人々とのつながりができてきた。それから土蔵改装、大枝00の展覧会を経て、気がつくと大枝アートプロジェクトがゆっくりと動き出していたように思う。そして今に自然とつながっていた。
道路建設によって変化していく大枝の風景の中で私たちのできること・・・大枝アートプロジェクトを人に説明するときこんなフレーズがでてくる。けれども、AAFに参加させていただいたり、様々な人たちが関わったり、参加していく中でどんどん変化していっているように思う。今は個人の発想が人の声や風景の変化の中でふくらんでいき、それが実現されていくことだけでとても充分有意義なことのように思うようになった。
今でもやっぱり散歩気分で大枝を歩いている。ときどき旅人気分になったりもする。けれども、OAP(大枝アートプロジェクト)の拠点となる「大枝土蔵」に向かうとき、立ち寄る人や場所が増えてきた。一様だった風景は、私にとってでこぼこに、時には楽しく、時には悲しく変化していった。
最近の大枝の風景の変化は著しいものがある。これから大枝の代表的な生業の場所である柿畑が3分の1もなくなるという。また細い道路1本だったのが高速道路を含め10車線の道路に増幅される。大枝村のころからの古い一家の家も壊され、さらに行き場がまだ決まっていないという状況もあったりする。そういった人々の日常の中でアートほど無力なものはないなとしみじみと感じてしまうことが時々ある。けれどもふとした大枝の人との会話の中でなくなった場所での作品展示の話になった。それはその人にとっての日常の中で体験した不思議な日であって私にとって作品は発表の日。けれどもふたりにとって何だか懐かしい共通の記憶になっていた。変化していく場所で作品をつくることがある種の深いコミュニケーション方法になるのだ、とこのとき時間を経てようやく気がついた。そして広がっていく可能性があると感じた。
そこが生活の場所でない人にとっていつもそこは旅人な場所だと私はいつも思う。いつでも離れることができるし、忘れてしまうこともできる。しかしそこに住む人にとってそこは日々を形づくる場。土地の変化は生活そのものに揺さぶりをかけられる。けれどもそれを少しでも知ることでここと向かい合い、自分なりの方法で表現したり、また表現方法を探っていくこと、それが大枝で今できることだと私は思う。
個人の意見が反映されていく状況が今のOAPにはある。今後どんどん変化していくと中にいる私も思う。最近行われた、実験カフェから湧き出た「ピクニックカフェ」、野外で発表していく「ダンスワークショップ」は昨年からの継続の企画である。変化していく風景との対話が自然と企画の中に混ざりこんできたように思う。また地図を作っていく試み、ワークショップも始まった。地域の子どもを対象にした写真のツアーも行っていく。少しずつではあるが個々の企画が少しずつそれぞれの色とかたちを形成し始めたように感じる。
この間大枝でたまに発行されるガリ版で刷る「大枝新聞」の取材に行った。最近のテーマはやっぱり柿である。これは新聞の定まらない方向性を地元の人の「大枝の人はやっぱり柿のことだよ」との助言で次からのテーマに決めた。この時期、柿の木は緑色の小さな実をつける。そして日に日に大きくなるとはこのことをいうのだと思う成長ぶり。
「実はいつまで大きくなるんですか?」
「ずっとどす。」
「!ずっと?!」
よくよく聞くと色づきまでが成長のピークになるそうである。
「大枝の空気はいつもふんわりゆるやかである。しかし、気づけば、柿の小さな実は、つき成長し始め、のびてきた稲は、風にさらさら揺れる。慌しく日々が忙しく過ぎていくなかで時々気づく時間の空白感は、大枝の大地とは無縁である。何かを育て、何かを実らす力。着実に刻みこまれていく時間の流れにただただ憧れる。」 発行予定の大枝新聞の序文である。
OAPの継続していく力はこの場所だから沸きあがるものだと思う。人々の日常と大きな変化が同時に在り、それが目に見えていく。ぶつかりあって生まれる力。アートの素が自然に増えていってるような気がするのだ。
これからもこの「おおえ」の地で様々な試みを展開していく。まだまだ先は見えない。けれども時を経てこの地がアートの溶け合った人々のゆきかう場所に育っていけば願う。
皆様いつか「おおえ」に遊びに来てください。
水口菜津子
はくさいの絵を保育園で描いて、先生にほめられ、母にお絵かき教室に連れていかれたことから、今に至る。現在京都市立芸術大学大学院ビジュアルデザイン科1回。最近色と光に興味を持つ。
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