コラム各地からの「もの」便り
vol.13
『「もの」からデキゴトへ』
WATARASE Art Project(WAP)2007の開催地は、わたらせ渓谷鐵道の沿線…つまり様々な街が鉄道で結ばれ、それぞれに特徴ある「もの」が浮かぶ。足尾なら銅、沢入なら御影石、大間々なら酒・醤油、桐生なら織物…そして何よりも渡良瀬渓谷の自然。けれど、そのどれもが何か表層的で、キーワードとして簡単すぎるように思う。私たちがなぜこの地に集まったのか、なぜWAPが始まったのか、またWAPとして見つけた「もの」は何か…そんなことを考えると、ふと思い浮かぶ話があった。
花輪、わたらせ渓谷鐵道でもちょうど中間点にあたるその街は、かつては銅を運ぶ「銅(あかがね)街道」の重要な宿場街だった。現在はその佇まいは旧道に面した商店にしか見られないが、渡良瀬川の雄大な流れとゆったりとした時間は、言わば都市に住む人が短絡的に思い浮かべる「田舎」の光景だろう。
WAP2007の展示会場のひとつ「旧花輪小学校」…旧、すなわち現在は廃校となっているのだが、木造の佇まい、また建築的価値から、地元の人々を中心に管理委員会が発足され、現在は文化財となっている。また花輪小学校は、官営八幡製鉄所の設計に携わったという「今泉嘉一郎」の寄付によって設立・存続されていた小学校でもあり、その在り方も特殊なものかもしれない。ちなみに今年になり、今泉嘉一郎の生家も文化財登録され、それらの文脈を知ってか知らずか「今泉嘉一郎邸」としてWAP2007の展示会場になっている。
…話を戻すと、その花輪小学校の管理委員会の老人から、花輪に関する興味深い話を聞くことができた。
わたらせ渓谷鐵道が国鉄足尾線だったそれ以前、殖産興業の時代、沿線は豊かで、その中でも花輪は特に豊かだったと言う。なぜなら、女は桐生に機織りに、男は足尾の銅山に、外にいっぱい働くところがあったから、ここ(花輪)では何も作らなくて良かった。まわりの街の産業で生まれた「もの」とその利益が花輪に集まっていたと言う。嘉一郎は銅山で働けるほどの身体でなかったため、一生懸命に勉強した。花輪の行く末のために小学校を建て、より多くの知識をつけて、もっと広い外の世界へと、子どもたちが旅立っていけるように願った。
老人は続けて言った。ここには何もない。何もしなかったから、何もない。しかし、まわりの産業が廃れても、外へ出ること、外の世界を誰よりも早く見ていたから、衰退を免れたんじゃないか、と。豊かな場所には「特産物」なんてないと言う。その土地特有の何か「もの」を作らなくともやっていける。だからここ(花輪)には何もない、と繰り返した。
それも今は昔の話で、逆に何もなくて困っている、と。花輪小学校が廃校となり、そして文化財として保存することとなったが、利用方法がなくて困る。花輪の郷土資料と言っても、多くの人に見せられるほどの「もの」でもないし、まわりの街の「もの」を集めても、この場所でそれを見せる意味がない、と。
ここは典型的な田舎で、特筆すべきところもなく…そう言ってしまうとネガティブに感じるのかもしれないが、けれどそんな表層の内側に、重要なことが埋もれている。
花輪小学校の廊下、教室、ささやかにかつての「もの」が残されている。刺さったまま錆びた釘、子どもの描いた色あせたポスター、当時のまま更新されることのない、体育の校内記録。それら普遍的でさえある記録の内側に、この街を旅立っていった子どもの姿が隠されていて、それを思い出として、今でも見つめている人がいる。この場所と「もの」にまつわるエピソードは、ただノスタルジーへと誘うのでなく、表層の内側へと気付かせてくれていた。

渡良瀬の地にある様々な街…足尾、沢入、神戸、花輪、本宿、大間々。WAP2007の会場となるそれぞれの街には、固有の「もの」から普遍的な生活という日常レベルでの「もの」まで、それぞれに表層を持っている。むしろ、わたらせ渓谷鐵道という「もの」自体が公害と産業、自然、過疎、正も負も両側面の歴史を抱えている。そんな表層の内側に私たちは今 対峙し、そして美術という名を借りて、アーティストという、それが私たちにとっての日常とでも言うように「もの」を作っている。私たちの作る「もの」の内側の声を聞きに、渡良瀬の地へと足を運んでもらえたら…きっと表層を越え、新しいデキゴトが創り出せるかもしれない。
- 皆川俊平
- 1982年神奈川県生まれ。現在、東京芸術大学大学院 美術研究科 絵画専攻 在学。WAP2007実行委員会 副代表。WAP2007では、足尾会場にて宿泊型作品「渡良瀬CampingTrain」の企画・制作の他、旧足尾警察署 車庫にて公開制作。また古里麻衣とのコラボレーション作品を本宿会場:本宿駅にて公開。2005年 根津二丁目川上アパート二_一(展)@文京区某所、桐生再演11@群馬県桐生市 諏訪機神社。2006年、日常/美術「garden」@横浜 関内DEXビル、WAP2006(わたらせ渓谷鐵道アートプロジェクト)@群馬県桐生市〜栃木県日光市足尾町に参加。